EP134:清丸の事件簿「希求の呪文(ききゅうのまじない)」 その7
翌朝目が覚めると、少し頭痛も和らいで頭がすっきりしてた。
すぐそばに眠ってる兄さまの顔があったので驚いて揺すって起こし
「兄さまこんなに近くで寝てたら感染したかもしれないわ!ただの風邪でもこじらせたら大変なのに!」
眠そうに目をこすって体を起こし私の額に触って
「大分熱は下がったけどまだ冷やすほうがいいな」
兄さまが一晩中そばにいてくれて嬉しかったけど年子様の言ったことを思い出し
「どうやって年子様を説得したの?ここに近づかせないと言ってたのに?」
「見張りの下人をつけられてたが奴らも夜は眠くなって寝るさ。酒でも飲ませれば。」
「ふ~~~ん。そうまでして来てくれて嬉しかったけど、大納言様が寝込んだら恨まれるのはやっぱり私だし。」
と口をとがらせると兄さまが顔を曇らせ
「私より影男や四郎の方が良かったのか?奴らと何があった?」
私は寝返りをうち背中を向け
「何もありません。もうここから離れてください。うつったら大変ですし。」
突然肩をつかまれ仰向けにされると兄さまが苛立った表情で
「うつるものならとっくにうつってるよ!そばで寝てたし。それに・・・」
と言いながら口づけようとするので流石に両手で自分の口を隠して兄さまの唇が触れるのを防いだ。
バカじゃないの?
と思いながらもちょっと泣きそうだった。
兄さまが身を起こして
「もう行かなくちゃ。朝廷は今何かと立て込んでるからね。あの夜中の呪文事件の答えはもうすぐわかるよ。ヒントは次に催される行事だな。」
とニヤッと笑いながら
「安静にしてるんだよ!今晩はここに帰ってくるから!それまでは寝てろっ!」
と言いながら出て行った。
次に催される行事かぁ・・・と考えながらアレ?のことかもなぁ~~と思い当たったけどそれがどう夜中の呪文と繋がるのかが分からなかった。
その日の夜はなぜか年子様が一晩中私のそばに付き添ってくれることになり、兄さまは早々に私の対の屋から追い出された。
年子様が額の布をかえてくれながら
「伊予が本当に羨ましいわ。」
と呟いた言葉だけは熱がぶり返してクラクラした頭の片隅に残った。
その後、全快した私が宮中に帰り再び夜中の呪文をキチンと耳にすることができたとき、次の行事をまたずにその答えが分かった。
その日の夜中は老人男性の声がはっきりと近くで聞こえ、その声が権大納言・菅原道真様のものだと分かり、その内容が白居易の『長恨歌』だと気づいた。
おそらくその教えを乞うている帝が毎晩夜中、後宮を歩き回ってその詩を必死で覚えようとなさってると思った。
まだ十四歳の帝の声は男性のような低い声じゃなかったから子供か女性に聞こえたのね。
雪が降ればすぐさま催される『雪見の宴』に向けて練習なさってて、しかも日本語じゃなく唐の言葉だから聞き取れなかったのね。
その詩は玄宗皇帝が楊貴妃を想って仙人の国を訪ねて永遠の愛を誓うという情熱的な内容だけど私は不思議に思ったので
「なぜ帝は『長恨歌』を選んだのかしら?帝がそれほど寵愛してらっしゃる妃はまだ一人もいないでしょう?」
と兄さまに聞くと皮肉気な笑みを浮かべながら
「恋しい人がいてずっとそばにいてほしいと渇望するのと、生涯ただ一人の愛すべき人を探し希求めるのとではどっちの方がより苦しいんだろうな」
と呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
長恨歌って寵妃・楊貴妃にうつつを抜かして安録山の乱を引き起こした玄宗皇帝の愚かさをうたったと解釈される中国と二人の純愛と解釈した日本では正反対ですけどどちらとも読み取れるという白居易の腕はやっぱり凄いですよね~~~!