EP133:清丸の事件簿「希求の呪文(ききゅうのまじない)」 その6
更衣が思い出したのかブルっと身を震わせ
「芳子はわたくしの名前だし、これはわたくしへの呪詛でしょう?差出人の名もなく気味が悪いのでこの文を内裏まで届けたものが誰かを舎人に尋ねても名前も知らない水干姿の子供だったとしか言わなかったの。文箱にも入れずむき出しの紙を結んだものだけをわたくしに届けるように言われたらしいの。・・・・きっと疫神よっ!」
「これが送られてきた日がちょうど夜中の呪文の噂を更衣様に伝えた日だったんですね?」
と訊くとコクリと頷いた。
う~~~んと私は考え始めてハッとひらめき
「更衣様の名前で姉妹君にある文を出していただきたいのと、ある方に面会をさせてもらえますか?」
と訊ねると更衣はキョトンとしてモチロンいいわよ!と快諾してくれた。
翌日、すっかり熱も下がり、食欲もでて朝餉を全部平らげた椛更衣は源昇一族連続傷寒事件の解決を早く聞かせて!と私にしきりにせがむけど、私は姉妹君からの文がないと答えられなかったので辛抱強く待ち、やっと昼頃届いたその文を確認するとニヤリとしてやったりの笑顔を浮かべ、更衣に向かって
「では、仕様に会わせてくださいませ!」
とお願いした。
仕様の対の屋を訪れると文机に向かい文字を書く練習をしていてまだ慣れない持ち方の筆運びでゆっくりと文字を書いていた。
私が日付と名前だけ書かれた呪詛の文を仕様に見せながら仕様に
「これはあなたが書いたものですね?姉上方に練習の成果をお見せしたくて、乳兄弟に届けさせたんですね?」
と聞くと目を丸くして
「そうだよ!それを書いた時は寒くて寒くて鼻水が出てたまらなかったんだけど、字が上手になるようにがんばって練習して上手に書けたからじまんしたくて姉さまに送ったんだよ!」
と嬉しそうに答えた。
「そのあとあなたはお熱がでて寝てなくちゃいけなくて大変だったのでしょう?御父上もその後お熱がでたのでしょう?」
と聞くとウンと頷き
「そう!ええと・・・三日ぐらいずっと寝ていたんだよ!父上もその後お熱がでて大変だった!」
それを聞いた椛更衣がまぁ!と目を丸くして驚き
「では、仕の書いた文から病をうつされたということ?姉さまや妹も同じように文で病が感染したということ?」
「そうです!鼻水やくしゃみの唾液がた~~~っぷり付着した文を手で触ってその手が鼻や口を触れば感染します!姉妹君も日付と名前を書いた文を受け取ったそうです。」
と頷き自分の推理が正しかったことに得意満面でニッコリ微笑んだ。
ホホホッ!今回は兄さま要らずだわっ!
でも皆さま重病じゃなくてよかったわ!ただの風邪だったのかしら?!
椛更衣は大事をとってあと二日ほど実家で過ごすというので、私は大納言邸に帰ることにした。
大納言邸につくやいなやゾクゾクと寒気がして寒くてたまらなくなり、自分の対の屋で単衣を何枚も被って床に臥せることになった。
あぁ~~~今更椛更衣の風邪がうつったのねぇ~~そりゃぁずっと近くで看病してたんだから当たり前かぁ~~と考えながら寒気以外にも頭も痛くなり熱が上がるにつれて寒い~~~と頭がボ~~~っとするなぁ~~~ぐらいしか考えられなくなって喉が渇いても誰にも言えずジッと寝ていると、遣戸がガタガタいい誰かが入ってきた。
「伊予、大丈夫なの?ここに白湯と器を置いておくから飲みなさい。重湯も置いておくわね。」
と几帳の向こうから年子様の声がしたのでボソボソと
「・・・ありがとうございます。あの、水と布をいただければ自分で額を冷やします。」
と鼻声で頼むと
「わかったわ。・・・・伊予、殿は来ないわよ。私がここには近寄らせません。頭を冷やす水と布は私が持ってきますからね。」
とチョットした期待の芽を摘み取られた。
わかってますよ~~~だ。大納言様はお忙しいし、東国の群盗とか大変なことが朝廷には山積みなのに今倒れられるわけにはいきませんしね~~~。私なんてどうせ側室でもまだないし。その辺の下賤な遊び女と同じですよ~~だ。と今更ながら忠平様の言ったことが心の傷をえぐってきた。ダメダメ~~~体が弱ってるときに心まで弱るようなことを考えれば回復力も落ちるってもんよ!でも頭がクラクラして体が辛くて心が弱るのよねぇ~~~。寝よう!何も考えず!寝れば治るっ!と前向きになりそのまま寝入った。
どれくらい眠ったかわからないけどまたガタガタと遣戸を引く音がし男性の声で
「大丈夫か?」
と聞こえたので思わず
「影男さん?水と布を持ってきてくれないかしら?年子様が忘れてらっしゃるようなので。」
とできる限りの大きい声を出すと
「影男がこの近くにいるのか?なぜっ!」
と几帳をずらし兄さまが硬い表情で現れた。
ように見えたけどまた忠平様?だって年子様が兄さまにはここに近づかせないって言ってたし。大納言様にうつったら大変だからそのほうがいいし。とモヤモヤ考えてると忠平様は枕元に座り持ってきた水を入れた桶に布を浸し絞ると私の額にのせた。
「冷たくて気持ちいい~~~!!忠平様、何度もありがとう。」
「四郎もいたのか?なのに誰も水と布を持ってこなかったのか?」
と兄さまの声で兄さまのような事を言った。
「浄見、水を匙で口に運んでやろうか?喉が渇いているだろう?衣を増やしてやろうか?寒くないか?」
ともっと兄さまらしい事を言うので、思わずポロポロと涙を流しながら
「・・・兄さま?ここにいてはダメよ?風邪がうつるわ!年子様も言ってたでしょう?ありがとう一人で大丈夫だから帰ってください。」
と呟くと
「バカだな」
と言いながら頬に触りビックリした表情で、ぬくもった額の布を水につけ絞ってまた額にのせると
「もし今夜が生きて会える最後になるなら一緒にいないわけにはいかないだろ?浄見のいないこの世界に生きている意味なんてないのに。もう寝ろ。ずっとついてるから。」
と最高に幸せなことを言われた気がして、頭がボンヤリするから夢かな~~熱に浮かされた都合のいい妄想かもしれないな~~と思いながらもニヤケながら眠りについた。
(その7へつづく)