EP132:清丸の事件簿「希求の呪文(ききゅうのまじない)」 その5
私はイラっとして
「ここは日本ですっ!足なんて誰にでも見せますっ!」
忠平様が面白そうにハハハッ!と声を出して笑い
「バカだなぁ!女子は御簾越しにしか言葉を交わさず、対面しても扇ごしで足どころか手まで衣で覆うのがこの国の常識だろ?やっぱりお前は変わってるな。」
「悪かったですねーー!常識がなくてっ!本や礼儀作法ではそうなってるみたいだけどそれは上流階級のお姫様の話で私のような身分もない一介の馬の骨の女子にはどうでもいいんですっ!」
と舌を出して言い返した。
足に布を巻き終えた忠平様が顔を上げまっすぐに私の目を見て
「兄上はどういうつもりなんだ?お前をそんなふうに下賤の者と同じに扱うなんて?伊予はそのままでいいのか?」
私は焦って両手を横に振り
「そーゆーつもりじゃなかったのっ!卑屈になってるわけじゃなくてっ!兄さまに不満があるわけでも無くてっ!誤解しないでくださいっ!そんなに上品な人間じゃないって言いたかっただけで、下賤だとか思ってるわけじゃないのっ!」
と言いつのった。
ハッと思いだし
「兄さまは大丈夫なの?年子様も同じ高熱が出る病にかかったと伺ったけど!」
と心配になって聞くと忠平様はウンと頷き
「兄上は堀河邸に帰るから感染してはいない。大納言だから東国の盗賊征伐の協議に忙しいんだろう。」
「僦馬の党(坂東で見られた自ら武装して租税等の運輸を業とする「僦馬」による集団を指す。 彼ら自身も少なからず群盗行為(馬や荷の強奪)を行った。)への対応が忙しいの?」
忠平様は少し驚いたように眉を上げにっこり微笑み
「そう。伊予も案外物知りだね。私もこうしてはいられない。上皇の御意見を内裏に届けなければならない。兄上に聞きたいことも色々あるし、ああそうだ!兄上に文を届けてやってもいいが?そもそも私は兄上から伊予の様子を見てくるように頼まれたんだ。」
好機とばかりに今までの椛更衣やご家族の病の様子や後宮での夜中の呪文事件の経緯を素早く文に書いて兄さまに届けてもらうように渡した。
次の日、椛更衣の熱は相変わらず高かったけど顔色が少し良くなったように見えたのでこの寺は出て、内裏には舎人に報告させ実家の源昇様の屋敷へ帰ることにした。
椛更衣の対の屋で私も一緒に付き添って看病することにしたが、桜や舎人たちは内裏に帰った。
私は椛更衣が入内する前、この屋敷で一緒に過ごして宮廷内での礼儀作法や仕事内容、一般教養などの知識を身に着けたので大納言邸よりも多分滞在期間は長い。
屋敷で侍女に話を聞くと源昇様も熱は下がったけどまだ完全には回復してないらしく、寝たり起きたりして半病人のように過ごしておられるようだった。
椛更衣が気にしてた宮中真夜中の呪文事件と源昇一族の連続傷寒事件に関連があるのか?あるとしたらなぜ?を考えてみたけどどこから手をつければいいかさっぱりわからず、手持ちの情報を全部知らせた兄さまの推理に期待することにして椛更衣の看病に専念した。
次の日、大分熱が下がって身を起こせるようになった椛更衣が重湯を飲んでらっしゃると、御簾の向こうに八歳ぐらいの若君と思われる身なりの少年が現れ
「姉さまお加減はよくなりましたか?」
と舌足らずな声で椛更衣に話しかけ更衣は
「仕なの?姉さまは病だから近づいてはダメよ!あなたに感染したら大変だからね?」
と鼻声でおっしゃった。
確か私がこの屋敷にいるころは母君の屋敷にいたはずで会ったことは無かった。
いつからここで暮らしているのかしら?と疑問に思ってると察したのか更衣が
「仕の母君が亡くなって去年から父上がここに引き取ったそうよ。」
ふうん。そうなのね~~~と納得。
私はあっそうだ!と聞きたかったことを思い出し
「更衣様はなぜ父君の病を知る前に怯えていたんですか?何か思い当たることがあったんですか?予知夢のような?」
私のように予知夢が見られるなら仲間として話してみたい!という希望もこめて答えを待ってると、更衣が
「わたくしの荷物の葛籠から文箱をとってちょうだい。」
と言うのでそうすると文箱を開け文をカサカサと探って一枚の紙を取り出し
「これを見て」
と渡された。
そこにはいびつな歪んだ文字で
『昌泰二年 二月十八日 源芳子 椛更衣』
と書いてあった。
(その6へつづく)