EP130:清丸の事件簿「希求の呪文(ききゅうのまじない)」 その3
そういえばそうだなぁ~~と納得したけど、
「大丈夫ですよぉ!だって声を聞いた人で災難に遭った人は一人もいませんし、どこかの女房か舎人の話声じゃないんですか?なぜそんなに怖がっていらっしゃるの?」
と疑問をぶつけると、椛更衣は全身を震わせながら
「ここにはいたくないわ!そうだ!明日、xx寺に厄払いの御祈祷に出かける許可を帝にいただきましょう!ねっ!伊予も一緒に行きましょう!手配して頂戴!すぐにっ!」
と腕をつかんで揺さぶるので、その過剰反応にちょっと心配になったけどとりあえず従うことにして温明殿へ行き内侍司に申し出た。
私が温明殿から帰ってくると椛更衣が文机に突っ伏してそばで桜が髪をなでて慰めていた。
桜に目で合図して廊下に呼び出し話を聞くと
「宇多上皇の更衣で椛更衣の姉君の源貞子さまも、目宮王に嫁がれた妹君も、大納言様の奥様で姉君の年子様も傷寒(急性熱性疾患)で病の床に臥されたとの事です!皆さまおとといから寒気を訴え高熱がでてと同じ症状らしいから、椛更衣はすっかり一族が呪詛されてるとお考えになって、次は自分の番じゃないかって怯えてすっかり気弱になってらっしゃるの!」
えぇーーーーーっ!そんなに立て続けに身内がおなじ病にかかったなら確かに怖いし、呪われてるって思うけど、でもどうしたらいいの?明日xx寺に厄除けの祈祷をしてもらえば椛更衣の病は防げるかしら?一族の病も治るかしら?怖がるのも無理ないわ!私だって怖いっっ!ふと年子様が病に倒れたなら兄さまは大丈夫かしら?と思い
「大納言様は大丈夫なの?」
と桜に聞くと
「さぁ?何も聞いてないわ!」
と無関心。
夕方には内侍司から明日の御参詣の許可が出たので大急ぎで旅の支度をして葛籠に予備の衣やら化粧品やらお菓子やら水をいれたヒョウタンやら薬草やら文箱やら旅の必需品を荷造りするので忙しかった。
その晩は早く寝ついたので椛更衣曰くの『呪文』が聞こえたかどうかは定かではない。
次の日朝早くから私と椛更衣、桜は紫糸車にのり、警備として影男さんを含む数人の舎人にお伴してもらいxx寺に出かけた。
車の中で椛更衣は寒いと訴え単衣をもう一枚増やしてもまだ震えていたので心配になった。
牛車を降り小高い場所にある山門へ参道の石段をやっと上り終えたと思ったら椛更衣が
「寒いわ!寒くてたまらない!頭も痛くなってきたわ!」
と訴えるので額を触ると熱くなっていたのでいそいで宿坊を借りて褥に寝かせありったけの単衣を被せて温めた。
発熱がひどくなったので水で濡らして絞った布を額に当て熱を冷ましたり、白湯を沸かして飲ませたり、お寺の稚児たちや僧侶たちに迷惑をかけられないのでできるだけ自分たちで動き回り、祈祷のための読経は本堂でしてもらうことにしたけど椛更衣は床に臥せっていて参加できないことになった。
そのお寺の律師が
「山に少し入ったところに湧き水がありましてね、それが万病を癒すと言われていますから、そこで水を汲んでこられて更衣に飲ませなさるといいですよ。お手すきの方は祈祷の読経に参加なさればいい。経を読むと不安も焦る心も静まります。」
もちろんジッと座って経を聞くとか読むは耐えられないので湧き水を汲みに行くことにして、稚児にそこまでの道を案内してもらって、ありったけのヒョウタンをもっていった。
人が通る部分だけ草がないザ・山道を登っていくと、五寸(15cm)ぐらいから一尺(30cm)ぐらいまでの大小さまざまな石を積み上げた場所があって、そこに竹が刺さっていると思ったらその先から水がチョロチョロと流れ出ていた。
流れ落ちた下は小さな川になっていて足場の石はコケが生えてヌルヌルと滑りそうなので気をつけながら手を伸ばしてヒョウタンで水を受けていると段々腕が疲れてきた。
『あ~~めんどくさいなぁ~~でも椛更衣は高熱が出てもっと苦しんでるし、これぐらいは何でもないわよね~~』
とボンヤリ考えてると、後ろから
「代わりましょうか?」
と声がし、振り向くと影男さんがヒョウタンを持って立っていた。
「ありがとーーー!」
とすぐにその場をどいて交代してもらい、腕を振ってダルさを和らげていると
「伊予殿はもう帰っていいですよ。私が後をやっておきましょう。」
と流れ落ちる水をジッと見つめながら人嫌いで冷酷に見える三白眼で無表情に言われたので、それはそれで何だか申し訳なくなって
「いいえ、交代で汲みましょう!ヒョウタンが全部で五本あるので、ね?」
と一応水くみを最後までやり遂げた。
最後の一本のヒョウタンの蓋をしヨイショッと立ち上がり石から石へ渡ろうとした途端ズルっと滑って石と石の間に足が滑り落ちて挟まり体が前に投げ出されて足首が曲がりすぎグキッと捻った感覚があった。
(その4へつづく)