EP129:清丸の事件簿「希求の呪文(ききゅうのまじない)」 その2
次の日、茶々から届いた文を読むと
『昨夜は貞観殿と宣耀殿の間の渡殿あたりからあの音がしました。舎人が駆けつけたときには誰の姿もなかったそうです。雷鳴壺は大丈夫?』
とあった。
私は椛更衣の着替えを手伝いながらその話題を出すと、椛更衣は不安そうな表情で
「何か嫌な予感がするわ。」
と言うのでいつもおっとりと穏やかな人なのにこの頃やけに臆病になってらっしゃるわね~~~と思ってたら、急ぎの文を舎人の影男さんが持ってきたので私が廊下で文箱を受け取り椛更衣に渡した。
椛更衣は自分の文机の前に座り文箱を開けて文を広げて読むと
「ああっ!嫌な予感があたってしまったわ!」
と言い文を手から落として、両手で顔を覆ってシクシクと泣き出した。
私は椛更衣のそばに座り背中をさすりながら
「どうなさったの?何の報せですの?」
椛更衣は顔を覆い泣き続けながら
「父上が・・・父上が高熱をだしてお倒れになったの!」
えぇっ!と驚いたが、更衣が拾った文を受け取って読むと、父君の右兵衛督・源昇様の侍女からの文で昨夜から今朝にかけて寒気を訴えたと思ったら高熱をだし病床に臥せっているのだという。
椛更衣は嫌な予感ってなぜ?
「宮中にいる私たちには何もできませんわ!更衣様。薬師も手配なさっているでしょうし、あまり心配なさらないほうがよろしいかと思いますわ」
と慰めると椛更衣はシクシク泣きながらもウンウンと頷いた。
その日は一日中落ち着かずソワソワしながら過ごしていたけど、夜寝るというときになって貞観殿と唐花殿のあたりからボソボソとお経のような単調な調子の女性のような子供のような声が耳をすませば聞こえるという大きさで聞こえてきた。途切れ途切れなので何を言ってるのかがわからず、お経なのか、祝詞なのか、会話なのかもよくわからず一刻(二時間)近く聞こえていた。
私は自分の房で『怖いなぁ~~~』と思いながらも目をつぶって知らんふりして寝ていたけど、次の日の朝、桜に
「昨夜何か聞こえた?」
と聞くと桜は
「いいえ!昨日は自分の房にいなかったから」
と頬を赤らめて言われたので『ちっ!野暮なことを聞いてしまった!』と後悔した。
有馬さんには話しかけづらいので、髪を梳かしながら椛更衣に
「昨夜何か聞こえた気がするんですが、どうですか?」
と話しかけると椛更衣はビクッと肩を震わせ
「やっぱり空耳じゃなかったの?伊予も聞いたということは、あの呪文は本物だったの?どうしましょう!父上を呪っているのかしら?」
と青ざめてブルブルと全身を震わせた。
クルリと振り向くので私が櫛を止めて髪を梳かすのを中断すると椛更衣は私の手を握りしめ
「ねぇ!伊予は気づいた?あの呪文がこちらに近づいているのを?はじめは梨壺、貞観殿と宣耀殿の間、昨日は貞観殿と唐花殿のあたりと日を追うごとに近づいてきてるのよっ!明日はここに来るかもしれないっ!」
と声を震わせながら訴えた。
(その3へつづく)