EP128:清丸の事件簿「希求の呪文(ききゅうのまじない)」 その1
【あらすじ:真夜中に聞こえる誰かの声ってどうしてあんなに不気味なの?警戒心で気が張りつめてゆっくり眠れないので何とかしてほしいけど、主の更衣様ほど怯えるのも過剰反応で心配。東国の群盗対策で忙しい兄さまにも会えず不安が絶えない私だけど、とりあえず頑張ってれば何とかなるとお気楽に構えて対処する!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
私の勤める雷鳴壺の隣にある梅壺では、異常な暖かさで全ての蕾が花開いた梅がすまし顔で咲き誇っているけど、冷たい雨の後に戻った寒気にはまだ雪の兆しがあった。
宮中では雪が降り積もれば雪を見ながらお酒を飲んだり管弦を演奏したり和歌を読んだりする『雪見の宴』が催されると話には聞いたけどまだ体験したことは無い。
それに向けて琴や琵琶でも練習しなくちゃいけないのかしら?もう爪も撥もどこへいったのかもわからないけど。
そんなある日、桐壺の茶々の房でお菓子を食べながらおしゃべりしていると茶々が
「雷鳴壺では夜中にあの声が聞こえる?」
と言うので、興味をひかれて
「夜中に何の声がするの?何も聞こえないけど。桐壺で『また』怪異があったの?」
茶々は自分の妹が騒動の原因だったのを思い出したのか困惑した表情で口だけで微笑み
「違うわよ!桐壺が原因じゃなくて、南にある昭陽舎の方から夜中にボソボソと読経のような、祝詞のような、異国語のような、話声のような音がとぎれとぎれに聞こえるの。」
「夜中ずっと?警備の舎人はどうしたの?」
茶々は不可解だという表情で
「それが~~~、桐壺更衣も怯えてらっしゃって警備の舎人に声の方向に見に行かせたんだけど、誰もいなかったと言ってたわ。音も朝までずっと聞こえるというわけじゃなく一刻(2時間)ぐらいで静かになるんだけどね。」
私は初耳だったので
「へぇ~~~。雷鳴壺は誰も聞いたことないわ!どんな声なの?」
茶々はええと~~と少し考え
「昨日の声は女性?子供?のような話声だったと思うの。読経するのはダミ声の僧侶という先入観があるから、一定の調子でずっとボソボソと話し続けるような声と言うだけで不気味だったわ!それに声が聞こえたのは昨日だけではなく、ここ一週間で三・四回ほどあったと思うわ!ときどき老人男性の声が聞こえたこともあったと思うの。」
私はもっと詳しく訊けばわかるんじゃないかと質問攻めにしてみた。
「大きい声で人がしゃべってる声?おなじ調子で長い時間話し続けてるの?会話してる感じ?他の人にも聞こえてる?」
茶々は頷きながら
「大きい声ではないわ。おなじ単調な調子で続いてるわね。会話ではなく一人で話し続けてる感じ。(桐壺)更衣様だけではなく同僚の女房も聞いてるわ。でも更衣様以外は害がないなら別に気にしなくていいんじゃない?と雑な感じで、今のところ呪詛されてたとしても誰にも何の異変も起きてないわ!」
呪詛っ!?明らかに誰かに恨まれるようなことをして罪悪感を持ってる人なら怯えて体調を崩すかもしれないってヤツよね?けどそうでなければ標的に『あなたを恨んでますよ~~』という一報(?)のない呪詛は無意味よね?私は今のところ人に恨まれるようなことはしてない・・・ハズ。
ちょっと気にかかったので椛更衣にその話をすると椛更衣は
「怖いわね!」
と少し怯えた表情をした。
(その2へつづく)