EP127:清丸の事件簿「紫水晶の腕飾り(むらさきすいしょうのうでかざり)」 その7
数日後、大納言邸に里帰りした私を真っ先に待っていたのは忠平様だった。
兄さまはまだ帰宅しておらず、忠平様が大納言邸に来て私をずっと待っていたと取次の侍女に言われては会わずに済ますわけにもいかないので私の対の屋に通し、御簾越しに会うことにした。
竹丸でもいてくれればよかったけど、生憎、堀河邸にいるか兄さまと一緒にいるのか姿は見えなかった。
廊下に座った忠平様が文箱ぐらいの大きさの小さな桐の箱を私の方へ差し出しながら
「これが先日文に書いた新開発の菓子だ。色んな人に試食してもらって評判を確かめ上々なら市で飴屋に作らせようと思っている。伊予は若い娘代表として試食して感想を言ってくれ。」
忠平様の表情を見ると、緊張した面持ちで本当に試作の菓子がまずかったらどうしようと心配してるみたいで、私を篭絡しようというわけではなさそうなのにホッとしてその箱を御簾の下からくぐらせて受け取りフタを開けてみると、高級そうな薄紙を敷いた上に、胡桃や干し無花果、イチョウ型に切った柑子に甘い匂いのする茶色い粘々した飴?のようなものをかけて水分を飛ばしたようなお菓子があった。
「匂いは甘くておいしそうですね。」
と柑子を一切れ手に取って口に入れてみると、飴が焦げただけなのに苦みと旨味と甘味が予想以上に美味しく、酸味の強い柑子が飴の甘味と苦みに完璧に調和した美味しさに思わず感動して
「わぁ~~~!美味し~~~い!本当に忠平様が考えたの?これはきっとみんな欲しがるわ~~~!凄いわね!」
と手放しで素直な賛辞を述べた。
忠平様は心配そうな表情を嬉しそうに崩して満面で笑いながら扇で首のあたりを掻き
「そっかぁ。よかった。ホッとしたよ!他のも食べて感想を言ってくれ!」
他のも全部味見した私はどれも美味しいのにびっくりして
「本当に全部美味しいわ!宮中にもこれほど美味しいものはないかもしれません!凄い特技ですねぇ!」
と感心しながら照れる忠平様を見てると急にハッとしたように顔を上げ
「伊予っ!お前にもっといいものを作ってやる!これからもっ!だからっ!・・・」
と言いかけ途中で黙りこんでうつむいた。
兄さまの言うように本当に忠平様は私に片想いをしてるのかしら?と不思議な好奇心でその後の言葉を待っていたけど、なかなか口を開かないのでしびれを切らして
「あのぉ。お菓子は美味しかったんですけど、私、どうやってお返しすればいいのかわからないので、あまり、そのぉ、色々していただくわけにはいきません。お気を使わないでください。その、私でなく他の、気になる女性に差し上げてください。」
と言いにくそうにモゴモゴ言うと、忠平様が顔を真っ赤にして怒った表情で私を睨むと
「べ、別にっ!お前をどうこうしようというわけじゃないっ!うぬぼれるなっ!私がお前にいつ求婚したっ?お前みたいな痩せた色気のない餓鬼は全っっ然っ好きじゃないっ!!兄上に気に入られてるからって調子に乗るなよっ!」
・・・ハイハイ。聞かなくていい悪口まで全部言われた気がする。それに・・・この前求婚したよね?私に?兄さまを動揺させるためとはいえ。
「勘違いした不躾な発言をして大変失礼しました。では、これで、ご用事が済んだら帰ってくださいな?」
とフンと横を向きながら言うと
忠平様はスッと立ち上がり憮然として
「・・・また来る。」
とだけ言って立ち去った。
まったく・・・どういうつもり?何がしたいの一体?と訳が分からない。素直に告白でもされればきっぱりと断れるけど、されたわけでもないのに断ることなんてできないものね。
ということがあったとその日の夜、帰宅した兄さまに話すと、私の頬にふれ唇を親指でなぞりながらジッと目を見つめ
「浄見はどうしたい?私に何て言われたい?私は自分が他の女性とさんざん遊んだから浄見が他の男性と遊んでも仕方ないと思ってる。自分だけが浄見を独占する権利はないからね。浄見は美しいし、私よりもいい男が次々寄ってくるだろ?私一人で我慢する必要はないし、誰と遊んでも最後に私の元に戻ってきてくれればいいと思ってる。」
と抑揚のない声でボソボソと言うので、ムッとして兄さまの目を食い入るように見つめた。
他の男性と遊んでも構わないですって?
最後にあなたを選べばそれでいいですって?
余裕のあるフリ?それとも本気で言ってる?
何と言ってほしいか本当にわからないの?
私は『もっともっと兄さまが私に夢中になりますように』と願いを込めて一生懸命兄さまを見つめ
「狂ったように怒って『誰の誘いにも乗るな!ほかの男のことを考えるな!見るな!触るな!口に出すな!』って言われたいわ!」
と言い捨てると、兄さまが驚いたように目を見開き、手を伸ばしたと思ったら
素早く肩を抱き寄せられギュッと抱きしめられた。
ふ~~~と長い溜息をもらし
「それなら簡単だ。思ってることをそのまま口に出せばいい」
と消えいりそうな声が
私の耳と全身を心地よくくすぐった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
万葉仮名って日本語で、漢文は古代中国語で、日本語の漢字もあって、それらが混ざった文を読むなんて平安時代に生まれたら気が狂いそうですよね!