EP126:清丸の事件簿「紫水晶の腕飾り(むらさきすいしょうのうでかざり)」 その6
その瞬間、有馬さんの房で見た『何か』を思い出した。
『そうだ!紫水晶の連珠の腕飾りだ!有馬さんの房から逃げた恋人は伴影男だったんだ!』
と一気に腑に落ちた。
私は振り向き伴影男が庭に落ちた刀子をゆっくりとした動作で拾うのをぼんやりと見ていた。
これから伴影男は私を刺すの?それとも顔を傷つけるの?と考えながらどこか他人事のようにフワフワして現実感がなかった。
じゃあ、あの漢文は本当に伴影男のものじゃなかったの?てっきり影男さんは・・・だと思ったのに。
伴影男が刀子を見つめクルクルと手の中で回しながらボソリと
「できません。有馬さん。」
有馬さんの眉が吊り上がり、目が血走り、鼻の横に皺をよせ鬼の形相になったかと思うと伴影男を睨み付け
「わたくしを裏切る気っ?お前までその子の味方をするのっ?あの言葉は嘘だったの?」
伴影男は有馬さんを見つめ
「申し訳ありません。私は伊予殿に近づく必要があったんです。そのためにはここに配属されなければならない。古参のあなたのいうことなら中務省も聞き入れ都合よく事が運ぶと思ったんです。あなたほどの手練れがまさか閨の睦言を本気になどしないでしょう?」
と三白眼の黒目がさらに小さくなったように見え、ますます冷酷そうに見える表情で答えた。
『この人は一体何のために私に近づこうとしたの?狙いは何?この人なら一分も表情を変えず人を殺しそうだわ!』と恐ろしさに身震いした。
有馬さんは万事休したのか舌打ちした後、私を睨み付け
「伊予っ!このままでは済まさないわ!覚えていなさいっ」
と悪党にお決まりの捨て台詞を吐いてどこかへ立ち去った。
私は伴影男に面と向かって漢文の書かれた紙を見せ
「これはやっぱりあなた宛ての文ね?漢文に見せかけた暗号文。料紙を拾ってくれる時に落としたんでしょ?」
伴影男は驚いたように眉を上げ、興味をひかれたように三白眼の黒目が少し大きくなった。
「なぜ?そう思うんですか?その漢文の意味が分かったんですか?」
「そう。これは漢文でも五言律詩でもなく、漢字と万葉仮名が入り混じった日本語だったのよ!これにはこう書いてあるのよ!
『以與乃有様探索利天具仁消息尾便仁天伝部與
(いよの ありさま さぐりて つぶさに しょうそくを たよりにて つたえよ)』
伊予つまり私の様子を探ってマメに文で連絡しろって意味ね?ということは私を今すぐどうこうしようという意志がない人。多分私を遠くから見守ってくれている人。まだ会えていない母上か実の父上かしら?それとも祖父母?どちらにしろ私を守るためにあなたはここへ来たのね?違う?」
伴影男は目を細め満足したようにうなずき
「ふふふ。見た目より賢そうな姫でしたね。そこまでわかっているなら正体を明かす必要はないでしょう?私はあなたを守るためにここにいます。これからもそのつもりです。よろしく」
とゆっくりと頭を下げた。
へへへ!答えは兄さまに教えてもらったんだけどね!見た目より賢そうってどういう意味?バカに見えるってこと?え?もしかしてバカだって言ってる?失礼ねっ!
顔を上げたときには元の冷徹そうな、自分の周りの誰も彼もを敵視するような上目遣いであたりを見回し私に軽く会釈して去っていった。
一人廊下に取り残された私は『これから有馬さんとどう接すればいいのかしら?』とか『でも誰から身を守るために伴影男を護衛に付けてくれたのかしら?一体何の危険があるの?』とグルグルと考えてみたけどとりあえず答えが出ないので思考停止して、いつもの雷鳴壺の女房の仕事に戻った。
(その7へつづく)