EP125:清丸の事件簿「紫水晶の腕飾り(むらさきすいしょうのうでかざり)」 その5
兄さまは呆れたように首を振り
「どうでもいいんだそんなことは。もう伊予以外を恋人にするつもりはないんだから。好きなように考えてくれ。私のためだというならやめろ。今後伊予に一度でも手を出せば宮中から出て行ってもらう。わかったな?」
と言いながら兄さまが立ち上がりこちらから出てこようとした時、今まで兄さまの影で見えなかった奥に一瞬『ん?』と心にひっかかる何かを見た気がしたけど、兄さまが出てくるのですぐそこをよけた瞬間忘れてしまった。
兄さまが帷をめくって出てきて何か言いたげな目で私をチラッと見て黙って歩き出すので後ろをついていった。
また私の房について『さっきの有馬さんのところでみた違和感は何だったのかしら?』と思い出そうとしたけどでてこず、兄さまが向かいに座って黙ってるので沈黙が気まずくなって
「有馬さんもう何もしないかしら?兄さまのためって・・・なぜ『不能』だと恥ずかしいの?」
と素直な疑問を口にすると兄さまは照れもせず私を抱き寄せ背中を両手で支え鼻と鼻を突き合わせる距離まで顔を近づけ
「確かに初心な少女が相手なら不能でも全っ然構わないよな~~?何をするわけでもないし。」
と妙に納得した口ぶりでブツブツと言いながら口づけた。
兄さまの愛情を唇から存分に感じて幸福感に満たされた私は『あっ!そうだ』と思い出して料紙に混じってた折り目付きの漢文が記された紙を思い出し文机から取り出して兄さまに見せ
「これってどういう意味かわかる?影男さんが落としたのかもしれないの。返そうと思って忘れてたわ!」
兄さまが険しい考え込むような表情で
「伴影男?庭に落ちる前にもあいつと接触があったのか?もしかして浄見を狙う誰かの間者ということはないか?」
と言いながら漢文を見ていると
「・・・書き下しても意味が分からないな。二十文字ということは・・・五言絶句かな?」
なるほど~~!と思った私は
『以與乃有様
探索利天具
仁消息尾便
仁天伝部與』
と書き直してみたけど偶数句の韻「具、與」は踏んでるけど平仄は滅茶苦茶だなぁと訳が分からなかった。
「五言古詩?自由詩?かしら?」
う~~~~んと二人で頭を寄せ合いしばらく考え込んでいたけど突然
「あっ!」
と兄さまがひらめき
「これはね・・・・と答えを教えてくれた。」
それを聞いて『そういう事か!』と感心した私は
「明日伴影男と話して真相を確かめるわ!」
と言うと兄さまは
「危ないことは絶対するんじゃない!」
と怒ったけど、私はすでに決心していた。
翌日、いつものように雷鳴壺の庭で掃除している影男さんに廊下から
「あの、昨日は助けてくれてありがとう。料紙を拾ってくれた時にこの文が混じってたみたいなんだけど、あなたが落としたものじゃない?」
と呼びかけて紙をヒラヒラと見せると影男さんは近づいてきて紙を手に取りジッと読んでから
「いいえ。私のじゃありません。漢文でしょう?一体なんて書いてあるんですか?」
「そうなの。じゃあ勘違いだったわ!忙しいところをごめんなさい!」
と踵を返すと目の前に有馬さんが立っていた。
ぽってりとした厚い紅い唇が少し開き、白い小さな歯がのぞいているのがいつものように色っぽいけど、白くてふっくらとした頬を少し痙攣させ、眠そうな二重瞼の目元は眉間に寄せた皺のせいで怒りをはらんでいるのがきっちりと伝わった。
有馬さんの唾液で潤った厚い唇が動き
「お前のせいよ。お前がいるから時平様はああなったのよ!」
と低い声で呟いた。
そのまま私の後ろにいる伴影男に視線を走らせ顎を動かし腕を大きく振ったかと思うとチャリッと金属性の何かが庭に落ちる音がした。
「伴影男っ!刀子(小刀)を拾いなさい。拾って伊予を刺すのよっ!嫌なら顔を傷つけなさいっ!わたくしを愛しているならできるはずよっ!」
と叫んだ。
(その6へつづく)