EP124:清丸の事件簿「紫水晶の腕飾り(むらさきすいしょうのうでかざり)」 その4
自分の房に戻ってすぐに兄さまが几帳をよけて入ってきたので思わずニヤけてた顔をワザと真面目に戻して
「さっきは怒ってらしたから今日はいらっしゃらないと思いましたわ。大納言様?」
と首をかしげて目の前に座り込む兄さまを上目遣いでチラッと睨むと
「伊予がそそっかしいのが悪いんだよ」
とため息をつき私を睨み返す。
ムムッ!まだ喧嘩を続ける気?と苛立ったけど
「さっきは本当に誰かに背中を押されたのっ!有馬さんが怪しいと思ってる。嫌味だって言われたし。昼間だって私に水をかけた女孺が有馬さんと話しているのを見たもの。それに元上皇つきの女房だって知ってた?」
兄さまは少し眉をひそめ
「そういえばそうだな。上皇の命で浄見に危害を加えようとしてるなら大変だ。」
と言いながら立ち上がるので
「どこへ行くの?」
「有馬に話を聞きに行く」
と出ていこうとするので
「私も一緒に行くわっ!」
とピッタリとついていった。
有馬さんの房へ行き、兄さまが几帳越しに
「私だ。時平だが、有馬、今話せるか?」
と低くて硬い声で呼びかけると、几帳の奥でガタゴトと言う音がし、女性が何かささやくような声が聞こえたと思ったらゴトゴトッと衝立てを動かす音がしバタバタと急いで駆けだしたような足音がした。
・・・ふむ。誰かが有馬さんの房から私たちと反対側に逃げ出したのね。恋人?誰だろう?几帳越しに見えるかしら?とその場でピョンピョン飛び上がってみたけど、几帳の高さが思ったより高くて逃げ出す人の姿は見えなかった。
几帳の奥から
「大納言様、どうぞお入りになって」
と艶っぽい声が聞こえ兄さまが帷をめくって入った。
私はどうしようかと考え、中に入らず盗み聞きかつ盗み見することにした。
本音が聞けるかもしれないし。
しばらくは沈黙が続き『二人とも何してるの?』と心配になって帷の隙間から中を覗くと有馬さんと兄さまの背中が見え兄さまの肩に有馬さんが頭を乗せ寄り添ってる姿が見えた。
嫉妬で頭にカ~~~ッッと血が上ったけど『話を聞くために来たのよ!』と自分に言い聞かせて落ち着いた。
でも話を聞くだけなのに密着しすぎじゃない?とイライラ。
兄さまがやっと口を開き
「なぜ伊予に危害を加えた?」
「分かっているでしょう?」
「攻撃したいなら私にしろ」
有馬さんがモゾモゾと動いたと思ったら
「違うっ!こういうことじゃないっ!」
と兄さまが声を荒げたが何をしてるのかはわからない。なんせ背中しか見えないので。
「主は誰だ?」
「手を放してください。」
「誰の命令で動いている?」
「何を言ってるの?あなたのためでしょう?手を放してっ!」
えぇ?どういう意味?兄さまのため?にどうして有馬さんが私を襲うの?
「私のためとはどういう意味だ?」
「あなたあの子に騙されているのよ!あの子のせいであなたはすっかりダメになっているわ!ほかの女房の間で何と言われてるか知ってる?、不能になったからそれを隠すためにワザと初心な少女を可愛がって執心のフリをしてるとまで言われてるのよ!悔しくないのっ!大納言が男じゃないとまで貶められてっ!全部あの子のせいよっ!ウッウッ・・・」
と有馬さんが兄さまの腿に顔をうずめて泣き出した。
ドキッ!と傷ついたけど、男性的な不能(って具体的に何?)が不名誉だという価値観はよくわからない。
本当にそうだとしてもそんなに大変な事?といまいちピンとこない。
兄さまはホッとため息をつき
「そんな噂勝手にさせておけ。私が不能でも誰にも迷惑はかけん。ましてお前が気にすることじゃないだろう?そんなバカげた理由で伊予を傷つけないでくれ。私が他の女を相手にしなくなった理由が不能になったからというならそう思っていてくれて構わない。その方が気が楽だ。」
有馬さんが顔をガバっと上げ
「本当にそうなの?だから伊予を可愛がるの?」
(その5へつづく)