EP123:清丸の事件簿「紫水晶の腕飾り(むらさきすいしょうのうでかざり)」 その3
とその大舎人は真っ赤になって言いつのったけど、急に下に落とされた私は
「わっっ!」
とビックリして足でうまく立てず尻餅をついた。
・・・う~~ん。どうせなら最後まで丁寧に扱ってほしい。お尻が痛いっ!
モタモタと立ち上がって頭を下げ
「本当にありがとうございました!お礼をしたいのでお名前をうかがってもいいですか?」
と微笑むと、その大舎人は両手を振って
「いいえ!名乗るほどのことはしてません!」
と慌てたその手首には紫水晶の連珠の腕飾りが光ってたので、きっと裕福な、でも身分はそうでもない貴族の子弟かな?と思った。
大きな物音を聞きつけた兄さまや有馬さんはじめ同僚の女房たちがやっと駆け付け私が大舎人と向かい合ってるのを見て
「伊予っ!何があった!?大丈夫か?」
私が手を上げて
「大丈夫~~~!廊下から落ちたのをこの人が助けてくれたの!」
と叫ぶと、兄さまは急いで渡殿から庭に飛び降りそばに駆け付けてくれ、私を上から下まで眺めて大丈夫な事を確認した後、大舎人に向かって
「ありがとう。名は何という?後で礼の品を届けたい。家は?父君の身分は?」
と少し警戒したように尋ねるので大舎人もさすがに恐縮して
「はっ。伴影男と言います。父は・・・・」
と身元を名乗った。
兄さまは助けてくれた伴影男に向かってジロジロ全身を見回し険しい表情と尖った声で
「伊予が落ちる瞬間を見たのか?事故か?誰かに押されたということはなかったか?躓いただけで体ごと庭に落ちるなんてありえないからな。どうだ?誰かを見なかったか?」
とつっけんどんに問い詰めるので、影男さんに申し訳なく思って兄さまの腕を引っ張り
「大納言様、失礼ですわ!影男さんは私を助けてくれたのよ!そんなにきつい言い方は尋問みたいよ!」
影男さんは慌てて手を振り
「いいえ!気にしていません!大納言様にお答えしますが、ええと、誰もいなかったと思います。伊予殿の後ろに?ですよね?少なくとも私が助けようと受け止めにいった時には誰も目に入りませんでした。」
兄さまがピクっと眉を痙攣させ私を目の端で見て
「受け止められたのか?それほど派手な落ち方をしたのか?躓いたくらいで何をしてるんだ?」
その咎めるような口ぶりに私がムッと頬を膨らませ
「躓いたんじゃないわっ!突然後ろから誰かに押されたんだもの!影男さんが受け止めてくれなかったらどこかの骨くらい折ったかもしれないくらい勢いよく前に飛んだのよ!危なかったんだからっ!」
と苛立った。
「とにかく伊予はもっと慎重に行動しろ!いつもそそっかしいんだから。注意力が足りないんだよ!大怪我したらどうするんだ!」
とお説教するのでムカッとして
「いいじゃないっ!影男さんが助けてくれたんだから大納言様には迷惑かけてないでしょっ!」
と口をとがらせると兄さまは不機嫌にフンと背中を向けて雷鳴壺に帰っていった。
私が階段から廊下にのぼり汚れた衣と袴を着替えようと自分の房に戻ろうとすると、廊下で突っ立ってその様子を見てた有馬さんが
「あら~~?伊予は災難続きねぇ。昼間は水をかけられて、今は大怪我するところだったのに大納言様と喧嘩だなんて!」
と嫌味たっぷりに面白そうに言うので『もしかして全部有馬さんのせい?女孺を使って私に水をかけたり廊下から突き落としたりしたの?兄さまと喧嘩させるため?』と訝しんだ。
まぁ証拠もないので疑いだけで何もできないけど。
騒がしいせいか帝は夜を雷鳴壺でお過ごしにならなかったので椛更衣と一緒に過ごしながら有馬さんについて聞いてみると椛更衣は
「わたくしが父上から聞いた話では有馬は元は上皇の女房で、私が帝に入内する際父上が上皇に頼んで経験豊かな女房をわたくしに付けるために手配してくれたらしいわ。」
う~~~ん。ということは上皇と有馬さんはつながってるということ?兄さまをめぐる嫉妬ではなく上皇に命じられて有馬さんが私を襲った可能性もあるということ?でも上皇は私を憎んでるかしら?まず取り戻そうとすると思ってたけど、取り戻せないなら殺してしまえという方向に思い直したならそれもありうるわねぇ。と自分のことながら物騒な事を考えて怖くなった。
今夜の取次役の桜が椛更衣の寝所へきて
「伊予、大納言様がいらっしゃってるわよ!どうする?お断りするの?」
と聞くので、さっきは不機嫌だったし帰ったものと思ってたので期待してなかった分ちょっと嬉しくなって
「私の房に通して!すぐ行くわ!」
と自分の房に急いで戻った。
(その4へつづく)