EP122:清丸の事件簿「紫水晶の腕飾り(むらさきすいしょうのうでかざり)」 その2
結局『兄さまに今度訊いてみましょ~~!』っと考えるのをすぐにあきらめたけど、誰のものかしら?料紙を拾ってくれたあの大舎人?今度会ったら確かめて返さないとね!と思った。
料紙を取りに来た同僚の女房の桜が
「伊予宛に文が来てたわよ」
というので自分の房に置いてある文箱を開けて中を確認すると
「美味しい菓子の作り方を思いついて試しに作ってみたから試食させてやる。今度持っていく。忠平」
とまた忠平様からの文だった。
兄さまは忠平様が私に片想いしてても全然平気らしく、上皇に差し出そうとしないだろうからかえって安全と言ってたけど嫉妬すらしてくれないのは何だか不満。
だから嫉妬させるためにも新しく開発した菓子とやらを試食するために面会してもいいかなと思ったけどやっぱり忠平様は何を考えてるのかわからなくて怖いので
「いりません。竹丸にでも食べさせれば感謝して一生忠実な下僕になると思います。伊予」
と書いて、届けてくれる大舎人寮に他の人の文もついでに持っていこうとした。
今度は数個の文箱を抱えて運んでいると、雷鳴壺を出たばかりのところで水瓶と器を盆にのせた女孺がすれ違いざま自分の裾に躓き水を私の衣にぶちまけた。
「すみませんっ!申し訳ございませんっ!まだ慣れていないものでっ!」
と慌てて手巾をとりだし一生懸命拭いてくれるので『あ~あ~~~今日はツイてないなぁ~~』と思いながらもにっこり微笑み
「いいのよ!着替えてくるから!誰でも最初は失敗するわ!気にしないで!」
と満点の対応で着替えに戻った。
自分の房に戻ろうとするとき、その女孺が同僚の女房の有馬さんに何か話しかけられてるところを目の端でとらえたような気がしたけど。
嫌な予感がしたけど気にしても仕方がないので気持ちを切り替えてその日は過ごしていたけど、夕方になり、帝と兄さまが雷鳴壺で一緒にお酒を召し上がるとの事なので私も内膳司まで膳を運ぶ手伝いにいき酒器と杯をやっぱり盆にのせて運んでいると、不幸というものは立て続けに起こるもので今度はもうすぐ雷鳴壺につくという渡殿で薄暗くて見えにくい足元に何かがあって、案の定それに躓いて、盆の上の酒器と杯を庭にぶちまけた・・・だけならよかったけど、同時に後ろから誰かに押された気配がして身体が前にのめってフワッと浮き『あっ!庭に落ちる!危ないっ!』と思った。
その瞬間、時間が止まったように周囲がゆっくりと動き、頭の中では『今落ちてる途中だ!』とはわかるけど体を動かして身を守ろうとまでは思いつかずただただゆっ~~~くりと体が前につんのめって庭に落ちていくのを感じた。
庭に落ちていく先の目の前に誰かの胸があってそこに飛び込んでいくのまでゆっくりと見えたけど、落ちてしまうまでは誰だかもわからないし、他の人から見れば一瞬の出来事だったはず。
気が付けば誰かの胸に飛び込んで脇の下を両手で支えられて私はその人にしがみついた形になってた。
顔を上げてみると料紙を拾ってくれた大舎人で驚いて開かれた目は四白眼?というくらい大きく見開かれ先ほどの冷静な表情からは想像もつかないくらい人間的な温かみがあった。
私もすぐには何も言えず、見つめ合って、今一体何が起こったのかを考えてたけど、庭に落ちて怪我するところをこの人が助けてくれたんだと理解できてやっと小声で
「あの、ありがとうございました。ええと・・・受け止めてくださって。あのまま落ちていたらどこか怪我したかもしれません。あの~~もう大丈夫・・・・ですから、そのぉ・・・放してもらえます?」
と抱きかかえられている状態に照れながら呟くと、その大舎人もハッと気づいてパッと両手を広げて私を下に落とし
「も、申し訳ありませんっ!女人になんて失礼な事をっ!そのっ、決して、触ってやろうなどと軽々しく思ったわけではなく、落ちては大変だと咄嗟に体が反応して受け止めようとしただけでして、変な下心は決してありませんっ!」
(その3へつづく)