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少女・浄見(しょうじょ・きよみ)  作者: RiePnyoNaro
本編(恋愛・史実)
12/461

Ep12:左大臣時平

<Ep12:左大臣時平>

899年、時平は左大臣に任ぜられて太政官の首班となり、同時に菅原道真も右大臣となった。

しかし道真は宇多上皇の側近の地位を引き続き占め、醍醐天皇と時平、その近臣たちとの間に対立が生まれつつあった。

時平は同母妹の穏子を醍醐天皇に入内させているが、これは宇多上皇の反対を押し切ってのことであった。


時平は、浄見にとって何が一番いいのかを考えた。

妻にして、用意した屋敷に住まわせても、公表すれば上皇に目を付けられ気づかれるかもしれない。

それよりは、今のまま宮中に置いたほうが見張りが多いし上皇も手を出しにくい。

時平は、浄見に口づけはしたがそこまでだった。

まだ、兄のまま身を引く道も残されていた。


浄見はあの日以来ぼーっとしていた。

抱きしめる力が強いことにも驚いた。

思い出すだけでくらくらと眩暈がし、頭が痺れて身体中が熱くなった。

顔が真っ赤になった。


28歳で左大臣となった時平にはミーハーな女房からの誘惑が一層多く、あからさまになった。

しかし時平はめっきり色事に興味を示さなくなった。

以前でも一夜限りの遊びの関係が多かったがそれすらもなくなった。

雷鳴壺を訪れ女房達と語らうことが多かった。

椛更衣の女房達は自分達のうちの誰がお目当てだろう?とドギマギして派手なお化粧に精を出していたが、

浄見は目立たないよう大人しくしていた。

「左大臣さまはここによく通ってこられるけどいったい誰がお目当てかしら?」

「もしかして椛更衣さま?」

「いいえ、あんなに幼い方をお好みじゃないわ!きっと!」

「そうよねぇ。浮名が立ったお相手は皆、魅力的な色香にあふれた方たちですものねぇ」

「じゃああなたは無理じゃないの?」

「何よ!あなたこそ一生無理よ!」

「この中で一番、女性らしい色香といえば有馬さんかしら?」

「そうねぇ、容姿も一番・・・・かしら?」

「いいえ、容姿だけで言えば伊予だわ。でも幼いもの。見た目はまだ10ぐらいじゃない?」

「あの子は浮世離れしたところがあるから。おっとりしすぎてるしお相手にはならないわよ」

浄見は黙って噂されてるのを聞いていた。

そこへ時平がひょいとやってきたので、浄見は白湯を給仕しにいった。

時平は浄見が白湯を手渡してくれるのをにっこりして受け取って

「ありがとう」

といった。

浄見はほかの女房に見せつけるように側に座り込んだ。

几帳の後ろがざわついた。

菓子なぞを持って几帳の影から出てくる女房も2・3人現れた。

皆時平を取り囲んで座った。

時平が驚いて

「こちらの女房様方は、慎み深いと思ってましたが違うようですね」

と笑った。

浄見が

「皆裏では時平様と直にお話ししたいといつも噂してるのに、そうしないんですもの」

と口をとがらせた。

有馬という女房が

「伊予は、素直に行動できて羨ましいわ!私も幼いころはそれくらい素直でしたのに」

と言った。

別の女房が

「そうね、伊予がいると皆楽しいものね、この前も、御簾を上手く巻けてなくて、兵部卿宮がお話の最中に落ちてきたものねぇオホホ」

と笑った。

時平はそれぞれの女房にゆっくりと微笑んで、

「では、私も伊予に楽しませてもらおう」

と言って、浄見の手を取って立ち上がり、外へ連れ出した。

女房達がざわめく声を背に二人は廊下を歩いた。

「この先に、梅がきれいに咲いてるんだ。見に行こう」

時平が浄見の手を引いて歩いた。

浄見はしっかりと手をつなぎなおし、並んで歩幅を合わせて

「他の人に見られて大丈夫?」

とそっと聞いた。

「私は名うての遊び人だぞ。誰も何も言わないよ」

浄見は嬉しいのと傷ついたのと半々だった。

「あ~~そういえば、年子様はお元気かしら?」

「元気だよ」

時平はあっさりと言った。

浄見は悔しくなって、時平の正面に回って顔を見つめた。

「何?」

と時平は面食らった顔をした。浄見が

「大人の色香がなくて悪かったですね!お相手はそういう方ばっかりだったんでしょ?」

と言うと

「子守はとっくに飽きてたからね。大人の女性に惹かれたんだよ」

と時平が言った。

浄見は顔を真っ赤にして怒った

「じゃあ一緒に梅なんて見に行かなくて結構です!大人の女性を誘ってください!」

と言って帰ろうとした。

時平が腕をつかんで引きよせ、後ろから浄見を抱いた

「小さな女の子に好きだなんて言えないだろう。変質者だよ」

と耳元でささやいた。

浄見は驚いて振り返って時平を見つめた。

「じゃあ私が大きくなるのをずっと待ってたの?」

時平は目を逸らして

「自分を異常だと思いたくないから、忘れようと正反対の女性を選んで大丈夫か確かめてた。」

浄見は何を確かめるのかわからず

「で、大丈夫だったの?」

時平はしらを切って

「何が?」

浄見はこっちが聞きたいわ!と思って

「確かめてたやつ」

時平ははぐらかして

「何のこと?」

話がかみ合わないので話題を変えて、

「じゃあ私がもっと大人になったら嫌いになるの?」

時平は目を細めて、心から楽しそうに

「もっと好きになるよ。やっと堂々と言えるんだから。」

と言って、浄見の背に手をまわし、もう一方ではあごをもって口づけた。


時平と浄見の噂は瞬く間に宮中に広がった。

ある女御付きの女房丹後が、お使いで贈り物を持ってきたときに

「どの子が伊予なの?」

と訊ねて、浄見を見ると

「ふ~~ん。時平様どうしちゃったのかしら?あんな子どこがいいの」

と聞こえるように言って去っていくこともあった。

椛更衣には伊予を見るだけの無意味な来客が増えた。

椛更衣はそれでも

「私は賑やかなほうが好きですから、伊予がいると退屈しないわ」

と喜んだ。

浄見がお使いで先の女御に椛更衣からのお返しを届けに行くと

例の悪口を言った女房の丹後が、女御の名で時平を呼び出していたらしく、

二人きりで声を潜めて話しているところに出くわした。

浄見は親密そうに話しこんでる姿を見て、少しは成長したのか、澄ました顔で

「椛更衣から先頃の贈り物の返礼品を届けるように申し付かりました。お納めください。」

と二人の間に反物を差し出した。

丹後は時平にべたべた触りながら

「まぁ時平様!可愛らしい人がお使いに参りましたわね!ご苦労様。しっかりあるじに伝えますわ~~」

と言った。

浄見は触らせたままでいる時平にも傷ついたし、関係を見せつけようとする丹後には殺意を抱いた。

「では失礼いたします。」

と下がろうとすると、時平が

「私も雷鳴壺に用事があるので一緒に行きましょう」

とついてきた。丹後が

「時平様!まだ話の途中ですわ!」

と言ったが、無視された。

二人になると浄見が

「何のお話でしたの?」

「今度の賀茂祭の段取りとか、私にする話でもないんだけど、あの女御は気位が高いから手配のものに私の口添えが必要らしいんだ。」

「ただの口実でしょ。兄さまを呼び出す。」

「焼いてたの?」

「明らかに丹後と関係があったんでしょ!見え見えだったわ!嫌味だっていわれたんだから!」

時平は

「あれくらいで焼いてたら体がいくつあっても足りないよ。」

とあきれ気味に言った。

浄見はいくつあっても足りないくらい浮名を流してたのは誰?、と怒りが収まらなかったが、

「兄さまは、関係を持った人に嫌味を言われても私は傷つかないと思ってるの?」

と言った。

時平は、

「焼いてくれるのは死ぬほどうれしいけど。私の中では比べ物にならないから浄見は怒る必要全然ないのに」

とにやけた。

浄見が

「べたべた触らせないでって言ったらそうしてくれる?」

というと、時平が

「もちろん。浄見以外の女には触らせません」

と言った。

浄見がちょっと考えて

「北の方達も?」

と意地悪く言うと、時平はにこにこしながら

「わかった!」

とあまりにも即答したので、浄見は罪悪感を覚えて

「嘘!できるわけないし、そんなことダメ!」

と言った。

時平は浄見以外の女性と過ごすことに何の楽しみも見いだせなかったので、

浄見の提案は何の苦痛もなかった。

子作りだって、必要だから作っただけでそこに愛情はなかった。

子供を増やすのは家の存続に重要だし長男の責任でもある。

もう男子は2人いるので妻を抱く必要はなかった。

流した浮名は浄見を忘れるためと正常男子であることの確認のためだった。

こんな考えを誰かにもらせば冷酷非道な極悪人ということになるだろう。

しかし、時平は浄見が傍にいるだけで幸せだと感じた。


時平は毎晩と言っていいほど浄見の元へ通ったが

抱きしめて口づけ以上の事にはならなかった。

浄見が傷つくかもしれないと思うだけで先に進めなかった。

妻として迎えても、まだ上皇の手からの安全を確保できないことも気にかかった。

長年自分を抑えていたせいで、我慢することが普通になっていた。


浄見はちょっとじれったく思っていた。

大人の恋人どうしならもっと親蜜になるのでは?と思った。

時平との関係を匂わす女房は丹後以外にもたくさんいて、

下世話な話を女房達の前で堂々と披露した。

浄見にあてつけて、嫉妬に狂った浄見が時平と揉めて別れる事でも期待しているようだった。

はじめは余裕で聞き流せた浄見も、

「誰かさんは幼すぎて恋人というより妹としか思えないのでしょうね~~」

と心配の核心をつかれると、さすがに焦った。


大人の色香とやらを身に着けるために、香を椛更衣と勉強したり、

鮮明な紅を唇にさしてみたり、白粉をつけすぎたりして、

そのたびに時平に笑われた。

真っ赤な紅色が移った口で笑われても、怒る気にはなれなかった。

下世話な色事話を聞きすぎておかしくなっていた浄見は突如、

時平の単衣の前をはだけ、張りのある肌に口づけた。

時平が身を震わせ、驚いた顔で浄見を見た。

「どこでこんなこと覚えたの?」

「兄さまとの下世話な色話をずっと聞いてたら頭がおかしくなったの」

「う~~ん。いい線行ってたけどちょっと違うなぁ。」

といって浄見の首筋から段々と下へ向かって唇を這わせた。


二人はこの夜一線を越えた。


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