EP118:清丸の事件簿「天邪鬼の柑子(あまのじゃくのこうじ)」 その4
恒槻は無邪気な微笑みで顔を皺だらけにして二カッと笑うと
「あぁそれはね、実はここで出会った男とある賭けをしてね。昼飯をここで一緒に食べて、大納言様が明日どの門から出るかを当てようということになって、宮中に戻り従者に正解を聞いたんだよ。そこの竹丸にね。そしてまたここへきて賭けの結果が私の勝ちだと知らせた。」
と何でもないというように言うので
「その男の名前は?どこの誰だかわかります?」
「寸丸と言ってたなぁ。藤原忠平様、確か大納言様の弟君の従者だと言ってた。」
「えぇ?家人なのに大納言様の行動を他人と賭け事に使う?使用人に聞けば結果が丸わかりだから賭けにならないんじゃないの?」
と私が疑惑の目で見ると恒槻は少し考えて
「いや、寸丸の話では大納言様は堀河邸にはこの頃着替えにしか帰宅しないらしく行動を把握してる使用人は竹丸ぐらいだそうな。大納言様が出る門は一定してないから賭けの対象になるし、それに寸丸は少し怪しいところがあってオレ、いや私が思うに奴は身元を偽って隠してる気がするんだ。そういえば竹丸、大納言様の容体はどうなんだ?」
竹丸が麺を啜ってた顔を上げて
「え?ああ、まだ重傷で寝たきりです。だからこうやって犯人を捜して・・・」
「わーーーーーっ!!」
と私が慌てて大声で遮ったけど多分無駄。
「とにかくありがとう!寸丸に話を聞いてみるわ!さぁいきましょう竹丸っ!」
と出汁を飲み干そうと啜る竹丸を引っ張って連れ出した。
大納言邸に帰って再び竹丸と作戦会議。
「寸丸という忠平様の従者を知ってるの?竹丸?」
竹丸はウ~~ンと悩んで
「私は若殿とずっと一緒にいるので堀河邸の使用人が入れ替わってても気づかないんですよねぇ。新しく入ったんじゃないですかぁ?あっ!四郎様に聞いてみましょう!」
と呑気に言うので
「ダメよっ!忠平様が寸丸に命じて襲わせたかもしれないし、寸丸が恒槻に嘘をついた可能性もあるし、そうねぇ、でも寸丸という従者がいるかどうかぐらいは確かめた方がよさそうね。もし寸丸が上皇の配下だったり、皇太后の配下だったり、無いとは思うけど菅公(菅原道真)の配下だったりすればどうやって断罪すればいいかわからないし『藪をつついて蛇を出す』よ!」
と悩んでいると竹丸が議論に飽きたように
「若殿に恋人を寝取られたのを恨んだ貴族とか、土地をとられた農民とか、弄ばれて捨てられた使用人とか実行犯の後ろにいる黒幕はと考えればキリがないですよぉ~~これからどうしますぅ?」
と欠伸しながらほざくのでムッとして
「あんたに腕力が無いのが全ての元凶でしょっ!もっとまじめに考えなさいよっ!」
「若殿に敵が多いのが悪いんですよ。でも寸丸が犯人だとして、『我々腕力無い軍団』でどうやって捕まえて検非違使に突き出すんですか?」
「う~~~ん。綿丸も仲間にしましょう。そしてまず寸丸という従者が忠平様にいるかだけを確認してみて!」
「忠平様が黒幕かどうかはどうやって確かめるんですか?」
「もし黒幕で寸丸を使って兄さまを襲わせたのなら従者と認めないはずだから、従者だと認めた時点で白ね。」
「その時は全部話して協力を仰いでいいですかぁ?我々だけでは限界ですよぉ」
と相変わらず頼りないけど仕方ないので
「じゃあそうしてもいいわ!寸丸を問い詰めて犯人なら寸丸を捕まえてね!私は宮中に帰ってもう一回、恒槻と話してみる。嘘をついているかもしれないし。」
と一人でも絶対犯人を突き止めてやる!と腹をくくった。
二日ぶりに宮中の私の房に帰ると、持ち物の配置が微妙に変わっていたので桜に
「ねぇ、いない間私のモノを動かした?」
と聞くと桜は誰も触ってないし房に入った人もいなかったとのこと。
文机の中の引き出しに入れてある文の順番も変わってるし、化粧箱の中にあった櫛が似てるけど違う新しいものになっていて、使いかけの紅も新品になってるし、何より文机の上に置いてた茶々からもらったお気に入りの山茶花の刺しゅう入り手巾が無くなってた。
『同僚の女房の中に泥棒がいる!』と一瞬カッと頭に血が上ったけど、よく考えるともしそうなら私がいない間にこんなに一気にいろんなものをいじったりすればすぐ気づくし、いつでも房に入れる同僚なら気づかれないように慎重にするわよねと思い、もしかして外部の人間が私がいない間に入り込んだの?と考えるとぞっとした。兄さまを襲ったのと同じ犯人?で私たちを恨んでる人?と言えば上皇か先の皇太后?私の正体に気づいたのかしら?とグルグルといろんなことを考えて不安で頭がいっぱいになった。
こうしている間にも兄さまの容体は分からないし、竹丸に逐一報告してといっても明日になるまで文はこない。
今できることは何?と考えて恒槻ともう一回話してみることにし、内舎人の詰め所である中務省の東北隅に行くことにした。
縫殿寮の女孺のフリをして適当な布を持って中務省をウロウロし、藤原恒槻を呼んでもらうように頼んで待っていると、恒槻が頭を掻きながら詰め所から出てきて
「いやぁ恋人が来てると言われたので誰かと思ったら伊予殿か。嬉しいけど照れるね、一体どうしたの?」
とニヤついてる。
どこか人目につかないところは・・・と考えて梅壺(使っていない対)しか思いつかなかったので見つかったら宮中を追い出される覚悟でしかたなく梅壺へ恒槻連れて行った。
過去ここで兵部卿宮に襲われたこともハッキリと覚えているのでできるだけすぐ逃げ出せるように御簾をおろしても出口際に陣取り恒槻と距離をとって話し始めた。
「あのぉ~~あなた、もしかして大納言様を恨んでるということはない?」
恒槻がビクッとしたかと思うと次の瞬間二カッと皺だらけの顔いっぱいの無邪気な笑みを浮かべ
「なぜ?私が大納言様を恨むなんて?門で賭けをしたから?」
(その5へつづく)