EP117:清丸の事件簿「天邪鬼の柑子(あまのじゃくのこうじ)」 その3
竹丸が真剣な顔で思い出そうとし
「そうですねぇ、確か中肉中背で茶色っぽい筒袖・括袴で萎烏帽子という庶民の服装で、刀子を右手で持ってて、顔は鼻から下を黒い布で包んでましたから人相はよくわかりませんでした。朱雀門あたりで若殿が刺され、犯人は二条大路を西へ逃げ大路や小路をくねくねと曲がりながら走るので途中で見失っていまいました。」
と予想通りの結果にガッカリした。
私ははぁ~~~とため息をついて
「どうやって探せばいいのかしら?何の特徴もないんでしょ?顔すら見てないなら探しようもないじゃない・・・」
と落ち込んだ。
ハッと思いつき
「宮門を守衛する衛士は何やってたの?」
「衛士は見える範囲に人影が潜んでることはなかったと言ってました。」
と言ったあと竹丸が口に指をあて考え込みながらボソリと
「そういえば犯人はなぜ若殿が朱雀門から出てくることを知ってたんでしょう?いつもは太政官庁から近い待賢門から出るんですけどねぇ。」
私はハッとして
「どうして今日は朱雀門から出たの?それを知ってた人はいる?」
竹丸が考え込みながら
「今日は昼から右京方面へ売りに出されたある貴族の邸宅を見に行く予定だったんですよ・・・」
チラッと私を見て
「姫の屋敷の候補としてね」
と言うので『わたしのせい・・・』と罪悪感で凹みそうになった。
でもそれって関係ないじゃない!と思い直してキッと顔を上げ
「だからその変更を知ってた人がいるかって聞いてるのよ!いつもは待賢門から出るんでしょ?今日の予定を知ってた人がいるならそいつが怪しいわ!」
竹丸がまた考えこみ
「そういえば昨日、待賢門前で若殿を待ってると、何だかしつこく話しかけてくる内舎人がいたんですよ。若殿は『いつもこの門から帰るのか?』とか『明日はどうか?』とか。はじめは『何だコイツ』と思って『別にどの門から出るかはその日の朝に決めるからわかりません』とかのらくら答えてたんですけどぉ、蜂蜜入りの蒸し団子をくれるというのでつい『いつもは待賢門から出るんですけどぉ、明日は朱雀門なんです。お気に入りの女子のために屋敷を探してるんですよぉ』とちょっとしゃべりすぎてしまいました。あんまり蜂蜜蒸し団子がおいしかったもんで。」
・・・!コイツはいつか食べ物で身を持ち崩すか死にかけるがいい!とムカつきが頂点に達した。
「その内舎人は名乗ったの?顔を見ればわかる?」
「確か藤原恒槻と名乗りましたね。自分が貴族の息子であることを鼻にかけてる感じでした。『オレに恩を売っておいてこの先お前に損はないだろう。出世したら雇ってやる』と言ってました。誰の従者に向かって言ってるんでしょうねぇ。」
私は数日前、文を届けてくれたあのイケメンの顔を思い出した。
「そいつを知ってるわ!宮中で話し合うのは危険だから、外で会うように呼び出すから竹丸も同席してちょうだいね!今日文を送って返事がくれば知らせるからいつでも出れるようにしておいてね。」
と竹丸に念を押し恒槻に『話があるから内裏の外で会いたい』という文を書いてその返事をまった。
恒槻からの返事が来るまで、竹丸に兄さまの容体を聞いてもあまり変化がないらしく回復したとか目が覚めたとかのいい報せはなかった。
私は自分の対の屋でウロウロしかすることがなく、本草学の書を読んでみても頭に内容が全然入らず何も理解できなかった。
こんなときに落ち着いて色々物事を処理できる冷静な人って心の底から憧れるし尊敬する。
竹丸はある意味落ち着いてるけど、あいつは自分の身に災いが降りかからない限りは痛くも痒くもないという性格で他人に同情する気持ちが根本的に欠如してるのね。
ってゆーか兄さまが回復したらもっと腕の立つ従者を使うように忠告しなきゃ!この先だって何かあるかもだしアレじゃ不安よっ!
恒槻に文を書いた次の日返事がきて
『xxという西市にある屋台で会いましょう』
とあったので竹丸とその場所に向かった。
西市は陶器や布、水あめや餅など必需品から櫛や白粉などの装飾品や化粧品など様々な物が、売り手がおのおの確保した空間にひいたムシロの上に所せましと並べられていて、それらを買い求める人々でごった返していた。
恒槻が指定する『索麺をその場で食べれるようにしてある屋台』とやらを探してウロウロしていると、柱の上に板屋根を乗せた一角がありそこからは大釜に湯を沸かしているようにモウモウと湯気が出ていて、その周りには長方形の木の箱を二つ置き机と椅子にした場所があった。
その場で立ち上がって私たちに大きく手を振る人影を見つけたのでそこへ行くと恒槻だった。
索麺は小魚でとった出汁に細く捩じった小麦粉の塊を入れたもので初めて食べたけど、お腹がすいてればおいしいだろうなぁぐらいの味だった。
味がどうとかよりも兄さまのことが心配過ぎて食べ物はほとんど喉を通らない。
隣に座った竹丸はもちろん一番に食べ終わり私が残そうかと悩んでた索麺の器をモノ欲しそうに見てるのであげることにした。
恒槻は竹丸を睨み付けて不機嫌な顔をしてたけど、そもそも兄さまを襲ったのはコイツかもしれないと思うと怒りがおさまらず私の方が恒槻を睨み付けたい気分だったけど、逃げられてもダメなのでグッと我慢して愛想笑いを浮かべて優しい声で
「あの~~実はね、話したいことは、そのぉ、大納言様が襲われた日の予定を竹丸になぜたずねたのか?を知りたかったからなの。」
と上目遣いで懇願する体で聞く。
(その4へつづく)