EP116:清丸の事件簿「天邪鬼の柑子(あまのじゃくのこうじ)」 その2
私は急いで椛更衣に里下がりをお願いし、大納言邸へ帰った。
兄さまにつきっきりなのか竹丸も大納言邸にはおらず年子様に兄さまの様子を聞くと心配そうに眉をひそめソワソワしながら
「私もよくわからないの。殿は堀河邸で安静になさっていて、薬師も呼び出来る限りの治療は受けているらしいわ。使いの者に私がお世話を手伝いにいってもいいかと伺わせても廉子様が面会を断って『誰にも会わせない』と仰ってるらしいのよ。伊予も心配でしょうけど何もできることはないわ。ここで大人しくしていなさい。」
と言われたけど居ても立っても居られないので一人で堀河邸に向かった。
堀河邸の侍所でまず竹丸を呼び出してもらってしばらく待っていると竹丸が来たので
「あぁっ!やっと来たわ!兄さまの様子はどうなの?何があったの?このままどうにかなるなんてことはないでしょうね!」
と焦って聞くと、竹丸は疲れたようにこめかみを揉みながら
「ええと、まず、今、容体は安定していて出血や細菌感染が酷くならなければ死ぬことはないでしょうという薬師の見立てです。」
「意識はあるの?会いたいのだけどできる?それに看病を手伝いたいわっ!できる事なら何でもするからっ!」
竹丸が難しい顔で首を横に振り
「奥さまは若殿への一切の面会を断っています。身分のある方も親しいご兄弟やご友人がたも、年子様もです。宇多帝の姫も同じでしょう。」
私は一目でも会ってこの目で兄さまの容体を確認しなければ心配でおかしくなりそうだったので
「もう一度頼んでみてちょうだい!ほんの一瞬でもいいの!兄さまに意識があるなら、私になら会ってくれるはずだわ!」
と必死で食い下がると竹丸は渋々頷いて立ち去った。
しばらくして竹丸が姿を現したのですがるような目で見つめると首を横に振り
「だめだそうです。若殿はお休みになっていて話はできませんでした。廉子様に『伊予は若殿と特別な関係でそばについていれば若殿の回復も早まるでしょう』と説得してみても『ダメだ』の一点張りでした。」
私は不安のあまり胸が締め付けられるように息苦しくなり手足が冷たくなった。
こんな時にそばについていられない自分の境遇が生まれて初めて恨めしくなった。
もっと早く一番に兄さまと結婚したかったと初めて悔やんだ。
もし私が廉子様のように正室だったならずっとそばで看病できたのに。
兄さまの苦しみを一緒に分かち合えたのに。
兄さまのいない世界なんて想像できず目の前が真っ暗になりこのままでは私も倒れてしまいそうだと思ったとき竹丸が
「犯人を捕まえましょう!若殿が目を覚ます前に捕まえれば、廉子様も伊予を認めて面会させてくれるかもしれません!」
と励ますように言うので、絶望の中に一筋の光を見つけたように気持ちが軽くなり
「そうね!ここで心配していても落ち込むだけだものね!よし!犯人を見つけて検非違使に突き出しましょう!何なら二三発なぐってやるわ!」
と勢いづいた。
大納言邸に戻って私の対の屋で捜査会議をすることにしてまず竹丸に
「そういえばあなたは朝政が終わった時兄さまのそばにいたんでしょう?防げなかったの?・・・というかあんた一体何のために兄さまのそばにぴったりとくっついてるのよ!守れもしないクセにっ!」
と今更ながら怒りがフツフツと湧いてきて竹丸を睨むと悪びれもせず肩をすくめ
「私は侍じゃありません!若殿のただのお気に入りの腹心の従者です!姫が幼いころからず~~~と若殿と一緒にいるでしょう?姫は知らないこともい~~っぱい知ってますしぃひょっとしたら私の方が若殿を姫よりもっと理解しているかもしれません。何せ一緒に過ごした時間が姫よりずっ~~と長いですからねぇ、いっぱい事件も解決したし、考え方や癖や趣味嗜好や嫌いなものや・・・・」
と延々と続く『兄さまと親密』自慢に嫌気がさし
「もういいわ!いいから!その時の状況を話してみてよっ!兄さまがその~~アレされたときのっ!」
竹丸が真剣な顔つきになり思い出そうとし
「確か、私が馬を引いて朱雀門に向かっていったとき若殿がこっちに向って歩き始めたんです。そしたら若殿の後ろから男が近づいてきたと思ったら若殿がその場にしゃがみ込んだんです。急いで若殿のそばに駆け寄ると『大丈夫だから男を追いかけろ』というので急いで走って追いかけました。」
竹丸の肉付きのいい体つきをチラッと見て
「あなたって武芸一般ダメよねぇ?走るのも当然遅いんじゃないの?体格だけはいいけど筋肉じゃなく贅肉でブヨブヨでしょ!」
とイライラしながら言うと
「し、失礼な姫だなぁ!走るのは遅いし武芸もダメですけど、このガッチリした体は鋼の鎧ですよぉ!ホラ触ってみてください!」
というので指でお腹をつくと指がズブズブとお腹の肉にめり込む。
「全然違うでしょっ!プヨプヨのくせにっなにが鋼の鎧よっ!兄さまはちゃんとっ・・・」
と言いかけて竹丸の意味ありげな含み笑いを浮かべたニヤけ顔に気づいて真っ赤になって黙った。
一応誤解されないために
「別にっ触ったことがあるわけじゃないからねっ!変な事考えないでよねっ!」
多分、無かったよね?衣越しだよね?確か。
ってこんなことしてる場合じゃない!早く犯人を捕まえないと!と我に返って
「で、追いかけてどうしたの?せめてどんな格好かとか顔とか見たの?逃げ込んだ場所とか?何かわかったの?」
(その3へつづく)