EP115:清丸の事件簿「天邪鬼の柑子(あまのじゃくのこうじ)」 その1
【あらすじ:宮中にはイケメンがゴロゴロいるけど一目惚れってするのもされるのも胡散臭い。『思い込みと勘違い』で恋が始まるならその後の失恋は痛すぎる。時平様が帰宅途中に腹を刺されて重傷だというのに看病もできない私はオロオロするばかり。心配するより行動する方が楽!なので犯人探しを始めたけれどへっぽこ探偵はいつもピンチ。私は今日も自分の非力を後悔する!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
ある日、雷鳴壺でお勤めしていると帯刀した内舎人(帯刀宿衛、供奉雑使、駕行時の護衛と天皇の身辺警護にあたる21歳以上の四位以下五位以上の子弟から選抜された者)が現れ
「ある方から伊予殿にお届けするように頼まれました」
と一抱えの桐の箱と文箱を渡された。
内舎人が文を運ぶのはめずらしいのでマジマジと顔を見つめてしまった。
「お返事をお渡しするならお待ちしましょうか?」
と少し怪訝な顔で聞かれたので思わず
「はい、じゃあ少しお待ちください。」
と自分の房で桐の箱を開けてみると私の好きな蜜柑がぎっしり詰まっていて、文箱をあけて文を読むと
『伊予国から柑子を大量に仕入れたので余らせて腐らせてももったいないのでお前にも分けてやる。未熟で酸っぱいだろうからお前にはぴったりだ。忠平』
とあった。
ムムッ!きっと嫌がらせね。悪いモノが入ってたらイヤだから他の同僚に味見させて大丈夫だったらいただきましょう!と思いつつ、内舎人を待たせていたので急いで
『私の大好物をたくさんありがとうございました。と~~~っても甘くて美味しかったです!伊予』
と殴り書きしてもっていくと、庭で待っていた内舎人が振り返り少しぎこちなく微笑み
「では預かります!」
と爽やかに言うので
「あなたもこれをおひとつどうぞ。良かったら召し上がってね!」
とつられて思わず微笑み、蜜柑を一つ渡した。
よくみると帝の身辺警護に選ばれるくらいの優れた容姿・武芸・知性を持ち合わせてるだけあって、なかなかのイケメンで彫りの深い目元、鼻梁の太い高い鼻、ごつごつとした顎の線が骨太な印象なだけにバサバサとした長い睫毛と黒目がちのキラキラとした瞳が不釣り合いで魅力が引き立ち、イケメン好きの茶々みたいな女性の女心をくすぐるだろうなぁ~今度教えてあげよう!と思った。
雷鳴壺の同僚の女房の桜や有馬さんたちに一つずつ食べさせてみるとみんな
「甘くておいし~~~~い!誰にもらったの?いいわねぇ~~!でもどうして伊予は食べないの?」
とか、椛更衣は
「伊予っ!わたくしにもひとつ頂戴な?どうしていただけないの?」
と催促された。
見た目は普通でおいしそうな赤みの強い蜜柑だけど、もし毒が入ってたら取り返しがつかないし椛更衣にあげるのは一日以上待って桜たちの様子を見てから!と決めていたので桜たちをジックリ観察してピンピンしてるのを確認してからやっと次の日、椛更衣と一緒に食べてみると
「う~~~ん!甘いし柔らかいし程よい酸味だし、皮も薄いし、高級そうな蜜柑ねぇ。きっと伊予の崇拝者からの贈り物ね!」
と椛更衣がしみじみと言うので手を振って否定し
「いいえ、そういうのじゃないと思います!でも確かに甘いし美味しいですねぇ・・・」
とモグモグ甘いなぁと思いながら嫌がらせじゃなかったの?と不思議に思った。
忠平様の事だからきっと変なものでも入ってるか、文にあった通り酸っぱくて唇が曲がりそうなぐらいの蜜柑だと思ったけど。
数日後、またあの内舎人が文を届けてくれたのでその場で開いてサッと中身を確認し
「今日のはお返事をすぐに書けないから待っていただかなくてもいいわ!ありがとう、ええと・・・」
「藤原恒槻です!私の名前は。」
とキラキラとした目で真っ直ぐに見つめられたのでちょっと驚き
「恒槻さんね、ええと、いつもご苦労様です。私は、その、伊予と言います。よろしく。」
と軽く会釈した。
恒槻がすぐに立ち去らないので間が持たないから何か言わなくちゃと
「この前の蜜柑はお口にあいました?お好きでした?」
恒槻がはにかみニコッと笑うと頬に窪みができて、端正な顔に生き生きとしたシワができ幼い少年のような無邪気さがあふれ出して『何だか可愛らしい人ねぇ。こういうのに有馬さんみたいな大人の女性はコロッと騙され、大金をつぎ込んであとで困ることになるんじゃないのかなぁ~~~有馬さんも兄さまをやめてこの人にすればいいのに!』と他人の不幸を想像しながら少し見とれていた。
「伊予殿は甘い菓子が好きなんですね?私も何か贈ってもいいですか?」
と笑顔で言うので、慌てて両手を前でヒラヒラと横に振り
「いいえ!そんなっ!そんなことしていただくワケにはいきませんっ!お腹が減ってるわけではないですし、その、そこまで親しいわけでもないですし・・・!」
というと、恒槻が少し悲しそうに
「そうですか・・・。」
とポツリと言い踵を返して立ち去った。
伊予が大納言のお気に入りだと知れ渡ってからは遊び人貴族からの恋文はめっきり少なくなったが、今届けられた文は久しぶりにそういった恋文の類で
『あなたを一目見たときから忘れられません。どうか私を受け入れてください。そうでなければ寒空を切り裂くように長く鳴くあのヒヨドリのように、この身が朽ちるまで泣き続けることでしょう。』
とあったけど、名前が書いていなかった。
う~~ん。どこかで一度見て、見た目だけで中身を判断してきっとこんな性格で好き!と思えるなんて想像力豊かねぇと思うし、多分見た目から想像した性格なんて実際は全~~然違うだろうから一目惚れはあり得ないと思ってる派なので、こんな文をよこす人の気が知れない。
数日後の午後、雷鳴壺の自分の房からふと何気なく御簾を押して廊下にでると昨日からの雪まじりの雨が上がったと思ったのにまた降り始めていて、見渡す限り灰色の雲が空を埋め尽くす中どこか近くから
「ピィー――――――ッ」
と悲鳴のようなヒヨドリの鳴き声が聞こえたと思ったら、同僚の桜がザザザッと足音を立てて廊下を走ってきた。
「伊予っ!ちょうどよかったわ!探してたの!だ、大納言様が大変よっ!」
慌てる桜を落ち着かせ、房で話を聞くと私も落ち着いていられなくなった。
つい先ほど、朝政が終わり帰宅する途中、大内裏を出ようとした兄さまが朱雀門付近で誰かに腹を刺されて重傷を負ったという知らせだった。
(その2へつづく)