EP110:清丸の事件簿「後宮の万葉(こうきゅうのまんよう)」 その2
その時聞いた桐壺の怪異の話を桐壺に渡りながら思い出していると前を歩いている兄さまが
「茶々、私のことを何か言ってた?」
「平次さんが大納言様とは気づいたみたいだけど、私とは友達でいてくれるって」
「ふぅん。よかったね。」
とポツリという。
私はクイクイと袖を引いて
「何か、この頃、素っ気無いというかあっさりしてるというか、何か変だけど怒ってるの?」
と顔色を伺うと兄さまは振り向きもせず
「別に、いつもと同じだと思うけど。」
「仕事が忙しくてあんまり私のところにくる暇がないとか?」
とxx寺の時から宮中に帰って以来、夜に一度も会いに来てくれないことを問いただすと立ち止まって、それでも振り向かず
「だって、何もできないでしょ・・・子供相手に」
と冷たく言い放つので、ギュッと胸が苦しくなって泣きそうになった。
こんなところで泣いてる場合じゃない!と気持ちを切り替えようとしたけど、目も合わせずひどい事を言われたのがやっぱりムカついたので兄さまの前に回り込んで睨み付けて、多分目に涙を浮かべながら
「気にしなくていいって言ったのは嘘なの?!私だって別にいいって言ってるのに『このままで構わない』って言うくせにそうやって不機嫌そうにするのやめてくれるっ?!!」
と、兄さまになら何でも強気に言えてしまうのが自分でも不思議。
・・・甘えてるのね、何を言っても嫌われないって。
兄さまはスッと両手を伸ばして私を袖の中に包み込むようにギュッと抱きしめ耳元で
「ごめん。好きだ。
浄見のことが好きなんだ・・・余裕がなくなるぐらい。
傷つけてごめん・・・」
と吐息交じりに呟いたので、全身が耳になったのかと思うくらいドキドキした。
桐壺は庭に桐が植えられていることからそう呼ばれるらしいけど、見上げるほど立派な木も今は全ての葉を落とし寒そうな枝の先には玉のような丸いつぼみだけが残っていた。
夏にはきっと一尺(30cm)にもなる大きな葉を風になびかせ堂々と立っているに違いない!と思えた。
桐壺につくと御簾越しに兄さまが来訪を告げ、茶々らしき人物が御簾を上げて桐壺更衣に面会することになった。
桐壺更衣は大人の拳ぐらいしかない小さな顔にまつ毛だけがあるように見える目じりの下がった目が特徴的ないかにも可憐な深窓の令嬢という感じ。
少し尖った顎が冷ややかな印象の美人だけどいつも眠そうで気だるげなイメージの十五ぐらいのお方。
扇で顔を隠しながらフッとため息をつくと
「詳しくは茶々の口から聞いてください。」
と言ったきり黙り込み、そばに控える茶々が私にウィンクしながら朗々と話し始めた。
「大納言様、事の始まりは几帳に浮かび上がった子供の手の跡です。一週間ほど前、以前には何もなかった几帳の帷の下隅に子供の手ぐらいの大きさの指の跡がくっきりと浮かび上がったのです。しかも一つではなく何人分もの。」
兄さまは少し眉を上げ
「後で見せていただくとして、その他には?」
「その手の跡におびえているうちに、夜、この桐壺で寝ている者の中に次々と気分が悪くなるものが現れ、恐ろしい黒い靄が天井の隅にジッと潜んでいると言うものや、自分の身体を無数の蛆虫が這いまわっているのを見るもの、色とりどりの渦が目の前にあらわれ吸い込まれるように感じるもの、そういう怪異を見たものが続出しました。」
兄さまが扇で口を隠し
「具体的には誰が?」
茶々は少し考えて
「ええと、黒い靄は桐壺更衣が、無数の蛆虫は私の妹の女房・麻葉が、色とりどりの渦はもう一人の女房・杉葉が見ました。それと桐壺更衣は夜、金縛りと言われる恐怖体験をなさり、体が動かなくなり黒い靄の塊が胸の上にのしかかり死にそうな気がしたと仰っておりました。その他には夜中に女のうめき声が聞こえたり、杉葉が突然鼻血が出たと思ったら止まらなくなりもう少しで女医を呼びに行くところでした。しかも杉葉は桐壺に来て以来、鼻血が出る回数が急に多くなったとのことで何かの呪いかと怯えております。」
私はそこまで聞いてもうお腹いっぱい!というくらい充分怖くなったけど、茶々の態度からはいつもそんなに怖いことがこの桐壺で起こってたなんて感じさせないくらいケロッとしてる。
う~~ん。肝っ玉が太いのか、鈍感なのか、『超』がつくくらい前向き!ポジティブ!なのか。
『鈍感!』に一票!。
そういえば初耳だけど茶々の妹の麻葉という女房も桐壺更衣の実家から一緒についてきたのね。
茶々の話だと更衣とは乳姉妹で、一緒に育ったらしいから妹が更衣と同い年なのね。
兄さまがキョロキョロと辺りを見まわし
「では、子供の手の跡が突然、浮かび上がった几帳から拝見させてもらいましょう。」
茶々が立ち上がり
「案内いたします。」
と言った後に兄さまも立ち上がりついていくので私もお伴した。
(その3へつづく)