EP107:清丸の事件簿「揺動の心柱(ようどうのしんばしら)」 その5
帰り道、竹丸の後ろを兄さまと並んで歩きながらちょっと気になったので
「兄さまたちは本当に『可愛い尻がどうとか』の下世話な話をしてたの?あの僧侶たちはゴロツキだとか下衆雑色だと言ってたけど?」
兄さまはさりげなく私の指に指を絡め手をつないで引っ張りながら歩き
「ええと、あの日は確か寺院建築に興味があって五重塔を見に行ったあと、『桔木の天秤が上手く調節されていることが大切なんだ。』『五重塔の免震構造は屋根に屋根をかぶせるように上になるほど小さくなることだが、もう一つの心柱構造を使って人が住める高い建物を作ることは可能なのか?』『根元となる土台は重要だ』みたいなこと言ってて、綿丸は『最近生まれた牛の仔と母牛が可愛い』という話をお互い一方通行で、ひたすら言い続けるというかみ合わない会話をしてたから、はたから見ると混沌だっただろうな。」
ふ~~ん。なるほど。綿丸と来てたのね。竹丸のやつ!兄さまがここに来てないってテキトーに答えたのね!とイラっとした。
「でも他にも二組の男性二人連れがいたらしくて、折烏帽子の二人連れは『しっかりくっつかないと先へ進めない』とか『アワビやサザエもある』、『石でひたすら柔らかく擦る』とか『松脂やクジャク石や青瑠璃を使って』とか言ってたらしいのだけど、兄さまには意味が分かる?やっぱり下品なことなの?食べ物のこととか?二人は傀儡子か貴族の従者?」
兄さまは可笑しくてたまらないという風に笑って
「ハハハッ!その二人の会話なら私も耳に挟んだが、その時には
『鏡の背面に松脂を流しこみ砕いた光る石(ラピスラズリやトルコ石)を散らして固めもう一度松脂を流し込んで固めた後、砥石で柔らかく研いでいく』
とか
『薄い貝殻を木にはめ込んだ後、貝殻を削って複雑な形を作る。あとは毛彫に黒色顔料をいれて線をだしたり素彫のままにしてこまかい部分を描く。』
とか
『私にできるだろうか?』
『簡単な細工ならできるでしょうね。内匠寮に通いなさるといい。』
という会話が聞こえたから、自分で装飾品を手作りしようとする貴族が内匠寮の職人に話を聞いてると思った。アワビやサザエは夜光貝の代わりに螺鈿に使えるからそういう意味だろう。聞いたことのない言葉は無視するからそう聞こえるんだろうなぁ。」
・・・そうなのかぁ、意味の分からない言葉は覚えようと思っても覚えられないしねと納得。
「もう一組の会話は『おかみのせいで台無しだ。雷でも落としてもらわねえとどうにもならねぇ』『りとうの取り立てで忙しい』『恨まれるのは我々ですからね』だったみたい。借金取りか地方の農民なの?兄さまにはわかる?」
兄さまはまた笑って
「それも聞いた。私が聞いた時は
『利稲の取り立てはよどみなく進んでますか?』
『いやぁ担保が耕地や宅地の奴らはかえって返済してもらわないほうがこっちの都合がいいですよ』
『ほほう。いい土地ですか』
『そうそう。なんたっていい場所にある状態もいい耕地でしてね。なんせダブついた備蓄米をむりやり公出挙で貸し付けたんでね、農民どもは利稲の返済にあえいでいます。』
『そこがおかみのズルいところで、我々に税の徴収を請け負わせ確実に公出挙の利稲だけは確保したいと思ってるんですからね。直接農民から恨まれるのは我々徴税請負人ですからね。』
と言ってたから富豪農民が利子の種籾(稲の種)を取り立てる役目を与えられた半役人たちだな。国守など地方の官人はその土地の有力農民を使って効率よく税を取り立てることに知恵を絞っているからなぁ」
・・・よくわからない言葉がたくさんでてきたけど借金取りは近かったのね?と無理やり納得。
あと稲の成長には田んぼに落雷するのがいいって聞いたことがあるけど多分そのことを話してたのね。
全てが解決してスッキリしたけど、茶々の事だけが気にかかって
「せっかくできたお友達なのに、兄さまとの事を許してくれるかしら?」
と見つめながら聞くと、ニッコリと微笑み
「心柱って知ってる?五重塔の中心にある柱で、仏舎利(仏陀の骨)を入れてる仏塔の中心的部分だ。建物が地震の振動で揺れることがあっても心柱はてっぺんだけでつながっていて途中の屋根や肘木や垂木と接していないから、建物の杭になって屋根がずれても崩れ落ちるのを防いでいる。そのおかげで五重塔は振動に揺れながら倒れずに立ち続けることができるんだ。その心柱のように密接につながっていなくても周囲の人たちの動揺を抑え、つなぎとめるような存在になれれば、他はどうだっていいと思わないか?」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
心柱は免震構造ではないという説もあるようですが、どうなんでしょうねぇ。
日本にある五重塔が失われる原因はほとんど焼失か落雷で地震で倒壊はないそうですね!