EP106:清丸の事件簿「揺動の心柱(ようどうのしんばしら)」 その4
茶々が横にいるこの状況じゃなければ私も『ありがとう!』と兄さまに抱き着いていたところだけど、『もしかして、茶々の憧れの人は兄さまじゃない方かもしれないし・・・』と願いつつ茶々の顔を見ると兄さまの顔を凝視したあと私を見て
「お知り合い?」
と狐につままれたような表情をしているので
「ええ。まぁ。大納言邸で一緒に働いている平次さんよ。」
と紹介すると、私の袖を引っ張りコソコソと耳に口をよせて
「私のことを紹介してちょうだい!仕事ができるだとかモテて困るとか上からの信頼も厚いとか!とりあえず嘘でもいいから持ち上げてね!彼に気に入られるようにいうのよっ!」
と口早に息を耳にかけ続ける。
『あぁ~~~どうしよう!本当の事を言う?でもショックできっと友達付き合いしてくれなくなるだろうなぁ。でも後でバレるよりはキッパリ言っておいた方が後々恨まれないかな?恋人か友人かって究極の選択みたいに思うけど、友人って言ってもできたばっかりでまだあんまり知らないしなぁ。でもやっと気の合う友達ができたと思ったのに・・・ここだけでも乗り切れば、大納言=平次と繋がらなければ別人だとして逃げ切れるんじゃない?』とゴチャゴチャ考えたあげく兄さまに向かって
「彼女は茶々というある高貴な方の腹心の侍女なの。ええと、仕事も有能で見た通りの美人さんで、言い寄る男性貴族は後を絶たないのよ!」
兄さまはキョトンとして茶々をみてペコリと頭を下げ
「よろしく。」
茶々は私の前にでて兄さまにグッと近寄りウットリと顔を見上げ
「あのぉ、先日は助けていただいてありがとうございます!もうすこしで大怪我をするところでしたわ!」
兄さまは距離が近いのと平然と侍従姿なのに面食らって
「あぁ、ええと、もしかして先日、この石段の上から落ちてきた人ですか?あの時は壺装束でしたよね。いえ、大したことないですから気にしないでください!」
と少し身を後ろに引き近寄るのを制止するように両手を上げ、微笑みかけた。
茶々はまたグッと兄さまの胸に近寄り
「あの~~よろしかったら文のやり取りなどしませんか?お互いをよく知りたいのです。大納言邸に文を届ければいいんですよね?私には桐壺に届けてくだされば桐壺更衣様にお仕えしているものですから・・・」
と上目遣いで少し得意げに鼻の抜けた声で言う。
兄さまは困った表情で私の方を見るので
「平次さん、茶々さんは女房で普段は宮中にいらっしゃるようなのでそちらに・・・ね?」
と『余計な事を言うな』圧力を目力に込めて兄さまを見る。
兄さまはすぐに馬鹿馬鹿しいという顔になって
「文のやり取りはできません。私には将来を誓い合った恋人がいるのです。あなたと『もっと知り合う』ことはできません。期待させても失礼ですからはっきりと言わせてもらいました。」
と冷たく言い放った。
私は友達を失いたくないあまり曖昧に済ませようとしたことに罪悪感を覚えて茶々をちらっと見ると茶々は少し驚いた悲しそうな顔で
「では、お友達として文を交換していただくことは?それに・・・」
とジッと兄さまを見つめ
「私たち以前どこかでお会いしたことがありませんか?あなたの顔には見覚えがあるのです。ここで会う以前に。どこかで・・・宮中かしら?」
と考え込み始めた。
私はちょっと焦って
「き、気のせいよ!似てる人はたくさんいるしね!ね、平次さん?」
と兄さまに目配せすると
「そうです。石段から落ちたときにはじめてお会いしたと思いますよ。『知り合いに似た人がいる』とよ~~~く言われるんですよ。ありふれた作りの顔なんですかね。ハハハッ」
とひきつった笑顔を浮かべた。
茶々は
「いいえっ!一目見たイケメンなら官位に関係なく絶~~~対っ忘れない驚異の記憶力のハズなのに・・・誰だったかしら・・・知ってるはずよ」
とブツブツ言いながら考え込んでいる。
「は、早く帰りましょう!」
と考えさせないように手を引っ張って石段をおりなんとか牛車に押し込み
「私は平次さんと竹丸さんと大納言邸に寄るから一人で先に宮中に帰ってね!よろしく!」
と牛飼童に言いつけて車を出してもらった。
車がだいぶ進んで距離ができたところで
「あっ!!」
と茶々が叫ぶ声が聞こえた気がしたけど気のせいであって欲しい。
・・・せっかく気の合う友達ができたと思ったのにとため息をついた。
竹丸は兄さまがここへは来てないと言ったし僧侶たちは『ゴロツキ』だとか『下衆雑色』だと思ったらしいのに、どういうこと?
(その5へつづく)