EP103:清丸の事件簿「揺動の心柱(ようどうのしんばしら)」 その1
【あらすじ:宮中で初めてできた女房の友人とは気が合うと思ったけど何やら問題発生。寒空の下で凛と咲く花は厳しい環境に耐えることの美しさを思い出させてくれる。未熟な私は今日も些細ないろんなことに動揺する!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
ある日、宮中で女房の仕事をしていると大舎人が文を届けてくれた。
文箱を開けてみると一通の文と薄紅色の五枚の花片が二・三重に重なり、黄色い花蕊が束になっている一輪の花の枝が添えられていた。
文には
『凍えるような寒さの中でひたむきに咲く花に私の想いを重ねました』
とあった。
思わずゆるんだ頬を誰にも見られていないか辺りをキョロキョロと見まわして確認し、お使いの品をもって内裏の東北の端にある淑景舎へ向かった。
桐壺更衣あての品を届けおわり雷鳴壺へ戻る途中の渡殿で、塀の際に沿って植えられていた山茶花の木の下で何かを拾っている桐壺の女房らしき姿が見え、気になったので何も考えず
「何を拾っていらっしゃるの?」
と声をかけてしまった。
振り返った女房は胸に平たい笊を抱え、その中には白や赤や桃色の山茶花の花びらが入っていた。
面長でほっそりとした顔に扁桃形の生気のある目と少し長くて丸い鼻のすぐ下には快活そうに口角のあがった口が大きく開いたと思ったら
「これ?これは湯あみのときにね、主が湯船に浮かべるのよ!」
とハキハキと答えた。
私はその答えに驚き
「湯船?って何なの?」
女房はおかしそうに笑い
「ああ、主の桐壺更衣がね、特別にお願いして内匠寮に作ってもらった、お湯を入れて中に入って湯あみをするものよ。そこに花びらを浮かべると、きっととてもきれいだしいい香りがすると思うの!」
へぇ~~~!と感心して温かいお湯の中に入るなんて気持ちよさそう~~~!と羨ましくなったので
「もしかして、あなたも入るの?もしそんなことができるなら、私も花びらを拾うのを手伝うから私も一緒にお湯に入ることができないかしら?」
と両手を合わせて上目遣いに様子をうかがうと、その女房はウ~~ンと少し考えた後
「じゃあとりあえず手伝ってちょうだい!後で更衣様に頼んでみるわ!」
と手招きした。
袴の裾が汚れるのを少し気にしたけど、エイヤッ!と庭におりて一緒に山茶花の散り落ちた花びらを拾おうとすると
「落ちたばかりの汚れてないものじゃないとダメよ!」
ウン!と頷いてせっせと拾い集めた。
笊に山盛りとまではいかないけど清潔な花びらは集め終わったので桐壺の彼女の房で白湯を飲みながらお話することにした。
彼女の名前は茶々と言い歳は十八、桐壺更衣の実家から一緒についてきた腹心の女房とのことで、気心が知れた関係らしい。
色々話しているうちに突然、瞳をキラキラと輝かせ
「ねぇ!素敵な男性に出会った話を聞いてくれる?」
私も色恋ゴシップが大好物なので瞬間的にテンションが上がり『キャッ!』と手を叩いてはしゃいで
「ウンっ!聞く聞くっ!何何っ?どんな人?どこで会ったの?」
茶々は頬を赤らめつつ思い出しながら
「え~~とね、先日xx寺にお参りに行ったのね、山のお寺って参道に石の階段があるでしょ?幅が狭くて、苔が生えてて滑りやすいじゃない?」
ウンウンと頷きながらワクワクと聞いている私。
「垂れ衣で前が見えにくかったのもあって、ゆっくり一段ずつ下っていたのに石に躓いてあと十段ぐらいのところでつんのめって前から落ちたの!」
ビックリして目を丸くして
「えぇ~~っ!でっ!?どうなったの?怪我したの?」
茶々は首を横に振り
「ううん!そこで、そのイケメン男性が階段の下で受け止めてくれたのよ~~!というかたまたま下にいたその人に、私が上から落ちて抱き着いただけかもしれないけどね。」
「でも受け止めてくれたんでしょ?じゃあ助けてくれたんじゃないの?」
「まぁ避けなかったんだからそうなるわね。」
と案外冷静。
「で、その人はどんな人だったの?身元は聞いたの?また会えるの?」
茶々はニヤニヤが止まらない顔で
「え~~とね、恰好は筒袖で括袴だったから、どこかの雑色か使用人だと思うのね、でもと~~っても上品な感じのするイケメンだった!直垂の布地も高価に見えたからどこかの富裕貴族の使用人よ!きっと。」
フムフムと納得して
「で、名前は?何というの?」
茶々は突然現実に引き戻されたような真顔になり
「知らない。というか聞いても名乗ってくれなかったの。どこに仕えているかすら。身元を隠したかったみたい。」
う~~ん。
身元を隠したいとなると危険な香りがプンプンするからあまり関わらないほうがいいんじゃない?と思ったけど
「なんかアブナイ感じ?どこかの貴族の密命を受けてヤバい仕事をしてるとか?目つきが悪いとか。ピリピリしてるとか。」
茶々は思い出そうとして
「『人が上から落ちてきた』のを驚いてはいたけど、そんなにピリピリした怖い雰囲気でもなかったわ。でももう二度と会えないと思うと余計にカッコよかった気がする。」
そうだよねぇ。希少モノと思えば思うほど欲しくなるもんね~~。
会えないとなると妄想が膨らみすぎて美化しすぎて実際会ってみると妄想に比べてはるかに残念なパターンかも。
(その2へつづく)