EP102:清丸の事件簿「底闇の灯火(そこやみのともしび)」 その5
中は真っ黒で何があるのかもわからず、井戸の深さや井戸の壁面がどうなってるのか、水があるのか無いのかも全くわからなかった。
部屋は薄暗いけど、四隅に灯台があるし井戸の真上にはロウソクの火を吊るしてあるから、それが井戸の水に反射して映るハズなのにそれすらも見えず、まして自分の顔など全く見えず、ただ吸い込まれそうな漆黒の闇だけがこちらを見つめていた。
私はギョッとして身を引きちょっとの間、呆然としてボンヤリと停止していると井戸の持ち主が
「はい~~~終わりねぇ~~~。自分の姿が見えたかい?もし見えない場合、一年後、あなたは不幸になってるという事だね。それがいやならここに厄払いのお札があるので、それを五十文で買ってもらえば不幸は避けられるよぉ~~~」
と机の上に積んである紙束のなかから一枚の紙を取り出してヒラヒラさせて言う。
あまりにも怖くなった私はなけなしの侍女の給金をはたいてそのお札を購入して出口からでた。
出口の前で不安のあまり行ったり来たりウロウロしながら兄さまが出てくるのを待っていると、顔色一つ変えず平然と帷をめくって兄さまが出て来る・・・や否やすぐに駆け寄って
「兄さま!どう?え~~ん!どうしよう~~~!私は見えなかったのぉ~~!一年後は一緒にいられないのかも~~!」
と腕につかまりながら泣きそうな顔で必死に訴えると兄さまは呆れた顔で肩をすくめ
「やっぱり阿漕な見世物だったな。浄見は引っかかったの?お札まで買ったって?無駄だけどまぁ仕方がないか。じゃあ歩きながらそのからくりを話そう。」
行列に並びはじめたのはお昼だったのにもう太陽が西に沈みかけて空を赤く染め始めていた。
大路を並んで歩きながら兄さまが
「井戸の中に火は見えたか?」
そういえば井戸に水があるならあの火は映って見えたはずなのに・・・と思って
「いいえ!見えなかったわ!どうしよう!私やっぱりこれから不幸なことが起きるのかしら?」
と心配でたまらなくなった。
兄さまは私の顔を見てフフンと得意げな顔で
「よし。じゃあこれからは私にず~~~っとくっついているように。そうしたら災難から救いだしてあげよう!ハハハ!なんたって私には自分の顔がちゃ~~~んとハッキリ見えたからね。」
私は兄さまの腕にしがみついてウンウンと何度も頷いてキラキラしたすがるような瞳で顔を見ていた。
だって、見えるはずの火まで見えないなんて絶対何か不吉な予言だわ!って思ったから。
なのに兄さまは耐えられないという風にプッと吹き出しゲラゲラ笑いながら
「ごめんごめん!嘘だよ。あれにはちゃんとした理由があるんだ。あの井戸はね、中の形がだんだん狭くなる『すり鉢状』になっていて、今は底にわずかにしか水がなかったから身を乗り出して中心に顔が来るようにしないと水に顔が映らなかったんだ。」
私はあまりにも単純な事に驚いて
「えぇ~~~!そんなぁ~~そんな簡単な事なの?心配して損したぁ~~!」
と安堵半分怒り半分でため息をついた。
兄さまはニッコリして
「巧妙なのは井戸に残っている水の量が増減することで鏡になる表面の水の面積も増減し、水位が高い場合は大きい鏡になるから身を乗り出さなくても見えるが、水位が下がると少し危ないと思うくらい前に身を乗り出す必要がある。そのせいで去年と今年の見え方が変わり不思議だと思わせることができる。だけど水がある限り真上の火が水鏡に映ればその真下にある自分の顔は絶対に映るから、火が水に映って見える位置まで身を乗り出せばよかったんだよ。まぁ井戸に落ちる危険もあるので浄見はしなくてよかったけどね。」
『えぇ~~~っ!』とそんな単純な仕組みにまんまと騙されて、ひと月分の給金を偽物のお札につぎ込んだことを心底後悔してため息をつき
「兄さま、お札に五十文を払ったのだけど、何かに使えないかしら?そう!せめて兄さまが二十五文で買ってくれるとか?」
と聞くと兄さまはニッコリと笑ってお札を取り上げ隅々までじっくりと読んだあげく
「文机の中にでもきちんとしまって時々眺めて以後こんな詐欺に引っかからないように戒めにするといい」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
全身を映す鏡の長さは身長の半分でいいと理解はできるけど不思議な気がしますよね!