98 若者たちのパーティー
その日の夕刻、エイヴは自身が管理する一軒家の食堂で夕食会の準備をしていた。料理はポポロンの店の総菜である。
ピンチョス、ライスコロッケ、ガーリックトースト。そして金平に餃子。
ゲームの設定のお陰で無国籍風の食卓となっている。
「慣れたものだな。エイヴェリー・パーソロン」
一人食卓を整えるエイヴェリーに声をかけるのは茶色のカツラをかぶったネイルだ。隣にはやはり茶色い髪のディアミド。こちらは利き手に包帯が巻かれている。昨日の騒ぎで怪我を負ったらしい。
「ええ、給仕の真似事もやっていますからね」
エイヴェリーは明るく応えたが、内心「手伝えよ」と毒突いていた。
もちろん、口にしたわけではない。
相手は王子と大貴族の坊ちゃんだ。彼らは皿を並べようなどと考えないのだ。
やがてパーソロン邸から地下通路を通って、リーアムとノリスがやって来た。リーアムの手には魚介のスープがたっぷり入った鍋があった。
ノリスとリーアムが皿にスープをよそい始めると、ネイルとディアミドはますます不思議そうな顔をした。
「パーソロンでは、それが普通なのか」
「へえ、二人とも手慣れたものだねえ」
ネイルとディアミドは皮肉ではなく純粋に驚いているのだ。
「僕は元々、田舎育ちの平民だからね」
「私も『平民』として生きてきたんだよ」
動かない二人に呆れつつエイヴェリーとリーアムは応えた。
「ちょっと! ぼんやり見てないで手伝ったらどうなの?」
突然、大きな声ではないがよく通る声が部屋に響く。
両手に袋を持ったアシュリンだ。隣には包み紙を抱えたポポロンもいる。
「遅くなってごめんなさい。これ、総菜です。残りになっちゃうけど……」
ポポロンの顔には疲れが滲んでいた。なんでも『虹色』閉店後に、ポポロンの店の前が井戸端会議場になってしまったらしく、彼らに付き合わざる得ない状況だったようだ。
「助かるよ。妖精たちも食べるからね」
エイヴェリーはポポロンの持っている包み紙を受けとり、中に入っているコロッケを皿に出した。
「ねえ、妖精たちに手伝わせないの?」
アシュリンが不思議そうに訊ねる。
「馴染みのないメンバーに、馴染みのない形式の食事だろ? 妖精たちが興奮して手に負えなくなっちゃうよ」
エイヴェリーは話しながら、アシュリンの紙袋を確認する。こちらには何種類かの果実酒や果実水、それと『虹色』のお菓子が入っていた。
「まあ、妖精はともかくボンヤリ座ってる人たちは何なのかしらね」
酒瓶をワゴンに乗せながらアシュリンはディアミドとネイルを一瞥する。
最初二人の反応は鈍かった。
しかし、ポポロンの「ネイルもお皿を出してくれる?」と言う言葉に、ネイルは即座に反応して立ち上がった。
一方のディアミドは利き腕をぎこちなく動かして怪我してますアピールをしたが、アシュリンの「動いた方が傷も早く治りますよ、公爵様」という冷ややかな一言で仕方なく動き出した。
準備の傍らエイヴェリーは、もう一つのワゴンに果実水と料理をたっぷり乗せた。それからポポロンと二人で妖精を可視化した。
「君たちは隣の部屋で食事をしてくれ。あ、こら、殿下に近づき過ぎない。挨拶はあとだ。メェリィ、済まないがノリスと一緒にみんなをまとめてくれ」
『かしこまりました。エイヴェリー様』
ノリスと妖精たちが山盛りの料理を持って去って行っても、食卓には十分な量の総菜があった。
こうしてエイヴェリー、リーアム、アシュリン、ポポロン、ディアミド、ネイルという不思議なメンバーで不思議な食事会が始まった。
「ああ、これ、食べたかったんだ。へえ、ピンチョスって言うのか。いいね、利き腕が上手く使えなくても食べられる」
ディアミドが明るく話すのをエイヴェリーとアシュリンは微妙な気持ちで聞いていた。
ゲームでは『彩りピンチョス』を作ると登場すると、攻略キャラが現れる。それがディアミドなのだ。タイミングによってはディアミドとポポロンが結ばれる展開もあったのだろうか。
「私から昨日のことを説明しよう」
料理を一通り楽しんだあと、ディアミドは一転表情を引き締めた。もっとも肩には他の妖精と合流しなかった恥ずかしがり屋の木馬がいる。
差し色にピンクが入ったプラチナブロンドの青年の肩に小さな木馬。かなりファンシーな絵面だ。
「襲撃は夕刻に行われた。もっとも連中の目的は襲撃ではなく妖精結界の解除だったようだ。これは一部の側近にしか知られていないことだが――」
夕刻になると女王は一人自室に引きこもるのが習慣となっている。これは王位についた時、つまり妖精結界を引き継いだ時からの日課であるらしい。
「このことを知っているのは一部の側仕えに近衛、ネヴェズ、パーソロン当主、そしてネイル殿下――」
ディアミドの言葉にネイルも頷く。
「だが、あの男……前ネヴェズ公はもう少し詳しいことを知っていた」
ディアミドの顔が歪む。
女王の自室から隠し通路を通れば、妖精結界を管理している部屋に行けるのだと言う。
「知っているのはあの男だけだった。それをあいつは帝国でベラベラと喋っているらしい」
ディアミドの口元に皮肉げな笑いを浮かべた。その表情から彼の猛るような怒りを感じ、エイヴェリーは震えた。
「だが陛下の部屋にはそんな細工はなかったんだろう?」
なんとも言えない気まずい空気を払拭するかのようにリーアムが口を挟む。
「ああ……。その事については陛下は何もおっしゃらない。歴代の王妃、女王らの秘密のようだ」
いや、女王は言いたくても言えないのではないだろうか?
「ねえ、妖精が見えない陛下が妖精結界を管理する部屋に行くことが出来ると思うかい?」
唐突な問いに、その場にいた者たちはギョッとしたような表情でエイヴェリーを見つめた。
「今の女王には妖精結界の部屋には行けないんじゃないかな。だから結界の解除も出来ないし、門の開閉も出来ない」
「ならあんたやポポロンなら妖精結界のある部屋に行けるってこと?」
アシュリンが訊ねる。
「可能性としてはあると思うよ。だけど今は昨日おこったことについてもう少し詳しく聞きたいね」
エイヴェリーは自分で話の腰を折りながら、しれっと軌道修正した。




