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96 襲撃

次は16日の予定です

 ネヴェズ母子がパーソロン邸に嵐を振りまいてから、数日。日々は実に淡々と過ぎていった。

 ネイルたちは今後について女王抜きに話を進めている。その間にポポロンはアシュリンの指導で立ち居振る舞いについて学んだ。

 エイヴェリーは蚊帳の外だ。


 時々、王宮周りの妖精たちとコンタクトを取ってみたいと思うのだが、女王の闇が怖くて中々決心がつかない。

 『虹色』にやってきたネイルが、母である女王の側にいると時々力が抜けるような奇妙な感覚があると告白したことがある。

 おそらくネイルの近くにいる妖精たちは、女王の闇に喰われているのだろう。妖精に愛されているネイルの周りには妖精が多く集まるが、不思議なことに霊格の強い者はいない。おそらく力のない妖精は喰われ、多少強い者は逃げだすのだろう。


 闇が妖精を喰らう王宮には、やはりエイヴェリーは近づけない。行くなら擬態して人間として王宮に赴くしかないが、庶民であるエイヴェリーには王宮に近づく口実がないのだ。


(船に潜り込んだ時みたいに給仕係になってみるかな……、王宮は人手不足らしいって話だもんね。あ、でも、必要なのは女王の近習あたりだもんね。庶民はお呼びじゃないか)


 『虹色』からパーソロンの離れに帰り、特性下着を外しながらエイヴェリーはつらつらとこんなことを考えていた。


「今日も旦那様と奥様は王宮です。食事はリーアム様とご一緒されますか」

「ああ、そうするよ」


 衣類を片づけているノリスの問いにエイヴェリーは何でもない風をよそいながら答えた。最近はリーアムと二人きりの食事は珍しいことではない。それでも緊張してしまうのだ。


「旦那様方がいらっしゃらなくても、寂しい食事にならなくて良かったですねえ」


 ノリスが意味ありげなセリフを吐く。エイヴェリーとリーアムの仲が進展したことに気付いているのだろう。

 エイヴェリーはすっとぼけることにした。


「もともと一人だったころに比べれば、全然寂しくないからね」

「大勢より大事な方との二人きりの食事は特別なものですからねえ」


 ノリスはなかなかしつこかった。


 執事が本邸から持ってきた食事をエイヴェリーとノリスはテーブルに並べる。

 使える使用人がノリスと執事だけなので、エイヴェリーも食卓の準備をする。


 調理こそ出来ないが、エイヴェリーは身の回りのちょっとした家事なら大抵のことはこなせる。もしかしたら前世の初晴(はつはる)より、よく動いているかもしれない。


 エイヴェリーがテキパキとカトラリーの準備をしていると、脳裏に本邸の様子が浮かんだ。

 軍人らしき人物が二人ほどリーアムと話している。赤い軍服、保安隊ではなく近衛隊のものだ。


「大変だ、本邸に近衛隊が来てるよ」


エイヴェリーが言うと、執事は慌てて本邸に戻って行った。


「一体何事でしょうか……」

『エイヴェリー、聞いているか』


 ノリスの不安げな声とリーアムが話しかける声が重なった。


『女王陛下が襲撃された』

「なんだって?!」


エイヴェリーは堪らず叫んだ。


『詳しい話はあとだ。僕は今から王宮に行く。君はそのまま待機しておいてくれ』

『分かった……』


 エイヴェリーは短い返事をした。それから妖精の目を通して慌ただしくパーソロン邸を飛び出すリーアムを見送った。


 呆然としながらエイヴェリーは食卓の椅子に腰をかけた。


「坊ちゃま……」


 ノリスが不安げに声をかける。


「ああ、えーっとね、王宮で何かあったみたいだね。詳しいことはこれからだ」


 エイヴェリーはぼかして説明した。

 納得していないだろうが、ノリスに今話せることはない。


 ノリスは老練の侍女らしく何事もなかったかのように再び食卓を整え始めた。リーアム分の皿を下げて、料理をエイヴェリーの前に置く。

 ただその作業をじっと見つめるエイヴェリーだが、実際には目の前の出来事には関心はなく、心は別のことで占められていた。


 妖精の目を通じて王宮を見ることも可能かもしれない。いや、王宮周りには霊格の高い妖精はいない。ならばエイヴェリーが直接行くという手もある。いつものように地下から王宮に潜り込むのだ。いや、さすがに人が多い王宮に潜り込むのは危険だ。いや、違う、そうじゃない。


 怖い。嫌だ。王宮に行きたくない。


 それがエイヴェリーの本音だ。


 女王の闇が怖い。精霊としても、人間としても。


(私は臆病者だ。リーアムたちが危険に晒されているというのに、何もしようとしない。出来ないんじゃない、怖いからやりたくないんだ)


 外はすっかり夜の帳に包まれているが、室内はロウソクやランプ、暖炉のおかげで煌々と明るく温かい。にもかかわらずエイヴェリーの視界は暗く、その目はありもしない暗闇をみつめていた。


「坊ちゃま……」

『エイヴェリー……』


 ノリスが気遣わしげに声をかけ、ルゥルゥたちはエイヴェリーの側に寄りそう。


「今は知らせを待とう」


 それだけ言って、素早く食事を済ますと自室に籠もった。



 ベッドに入ったエイヴェリーはつらつらと今おこっている出来事について考えていた。

 ネイルはともかく、女王を心配する気にはならない。それよりオーウェンたちの無事を確認したい。

襲撃者による攻撃、女王の闇。

 何が彼らを襲うのか分からないのだ。

 そもそも襲撃は誰で、何の目的で行ったのだろう。


(メアリー様?)


 もしそうならディアミドは、ネヴェズ家はどうなるのだろう? さすがに三家とはいえ、無事では済まないかもしれない。いや、それどころか三家そのものの存在意義さえ、問われることになりかねない。

 精霊を見る少女を産む三家のシステムは歪なものだが、帝国の領土的野心を向きだしにしている今、ラナンシが内部から壊れるのは避けなければいけない。


(考えても仕方がない)


 エイヴェリーは無駄に頭を使うのを止め、思い切って王宮の近くまで意識を延ばしてみた。


 王宮前には広場があり、真っ直ぐ太い道が延びている。ここもエリン通りだが、道々に帝国縁の店が軒を連ねているので今では帝国通りと呼ばれている。

 閑散とした夜の通りを、男たちが忙しげに動き回っている。ランタンの灯りが照らす軍服の色はブルーグレー。保安隊だ。


(どういうことだ? 襲撃犯は捕まっていないのか)


 十数人の保安隊員が路地に入り、住宅街を目指す。そこには規模はそこそこだが瀟洒な作りの屋敷があった。保安隊は玄関ベルを鳴らすと使用人らしき男がドアを開ける。僅かな問答を済ますと、保安隊がバタバタと屋敷の中に入っていく。しばらくすると女性の泣き声と、何やら哀願するような老人の声が聞こえてきた。大きな混乱も抵抗もなく、数人の男女が待機していた馬車に乗せられた。


(貴族が拘束されたんだ)


 離れのベッドの上でエイヴェリーは冷や汗をかいていた。これまでも保安隊の捕り物を見てきたが、貴族が捕まるのを見たのは初めてだ。


 貴族を乗せた馬車は大通りへ向かう。いつの間にか通りのあちこちに警邏隊が配置されている。

 今回の襲撃事件を国民に隠す気はないようだ。いや、隠せない状況なのかもしれない。


 馬車は王宮前広場に入る。やはり貴族を普通の容疑者のように扱うわけにはいかないようだ。王宮のどこかで取り調べるのだろう。



 エイヴェリーは追うのを止めた。全ては明日の朝に分かるだろう。


 お父様、お母様、リーアム、ディアミド、ネイル……。


 ただただ大事な人々の無事を願うばかりだった。

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