95 ネヴェズ家の謎
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エイヴェリーとリーアムは情熱的なキスを繰り返し、そして――――――正気に戻った。
出来るだけみないふりをしてやり過ごしていた妖精たちがうるさすぎだのだ。
「エイヴェリー、彼らを影に入れてくれないか?」
「それが、さっきから言うことを聞かないんだ。あとルゥルゥたちはともかく、君の周りの子たちはどうすることも出来ないよ」
リーアムの緑の頭の周りを、緑、白、黄のふわふわした毛玉が三体、元気に跳ねている。リーアムの故郷からやってきた森の妖精たちだ。
キスの最中、彼らはエイヴェリーの鼻頭に落ちてきた。リーアムの頭の上を飛び跳ねている姿は脳内フィルターで消去できたが、こればかりは我慢出来なかった。加えてエイヴェリーの妖精たちが下世話にはやし立てるのだ。
二人が正気に戻るには充分な光景だった。
「あー、ポポロンと女王が顔合わせが上手くいけばいいね」
リーアムから離れ椅子に座ったエイヴェリーは、不自然に話題を変えた。
「ああ、スムーズに権力の移譲ができれば、君の存在も隠しておく必要がなくなる」
ネイルを新たな王とし、ポポロンを妃とする。そしてパーソロン家当主オーウェンとネヴェズ家当主ディアミドが補佐に当たる。この体制で帝国と対峙するのだ。
妖精結界を維持する方法は歴代の女王、王妃に秘儀として引き継がれている。
詳しいことは分からないが、女王、王妃となり妖精結界を引き継ぐと、その人物の能力は強化されるようだ。今の女王も妖精の可視化が出来るようになったのは、先代から妖精結界を引き継いだ後らしい。
つまり引き継ぎが終われば女王の闇の力は消える可能性がある。そうなれば、エイヴェリーの存在が女王に知られてもたいした脅威にはならないだろう。
「陛下にはポポロンを拒絶する理由はないと思うが……」
待望の妖精を見る少女、それどころか精霊である。ネヴェズもパーソロンも過去の出来事を不問にして、ネイルを王としてもり立てるつもりでいる。
女王にとって悪い条件ではない。
だが――。
「メアリー様がどう動くのか分からないよね」
エイヴェリーは深く溜息をついた。
幼子の命を奪ったことを糾弾しない――、それがパーソロンとネヴェズが出した結論だ。
エイヴェリーは女王に復讐したいとは思ってはいない。ただ聞きたいのだ。「なぜ殺した」「どうしてそんな酷いことができた」と。
ディアミド、サーシャ、オーウェンの気持ちは分からない。もしかしたらエイヴェリーが想像出来ないような怒りと憎しみを滾らせている可能性がある。
それでも、皆で決めたのだ。それぞれの想いを封印して女王の罪を問わぬと。
しかし、メアリーだけは納得していない。
「メアリー様か……あの人は信用ならないね」
リーアムの言葉は単なる事実ではあるが、その声色は怒気をはらみ、強い刺があるようにエイヴェリーは感じた。
「リーアム、君はメアリー様が嫌いなの? というか怒ってる?」
リーアムが誰かに対して嫌悪を示すなんて珍しいことだ。
「我が子を奪われた苦しんでる人にとやかく言うもんじゃないとは思う。だが、あの人にはもう一人、子どもがいる」
ディアミド――。
「幼いディアミドを一人にしたことが、僕はどうしても許せないんだ。家庭の問題だと言えばそれまでだが」
「ディアミドは母上について何か言っていたのかい」
「夫を嫌ってディアミドが幼い頃、王都を出ていったとは聞いていたよ。あいつは仕方がないって言っていたけど、僕はショックだった」
「前のネヴェズ公は父親としても夫としても、いい人じゃなかったみたいだね。メアリー様は逃げる以外なかったんじゃないかな?」
エイヴェリーはメアリーを擁護してみる。異世界風に言うとモラハラ夫から彼女は逃げたのだ。子どもを連れていけなかったのは、男と女の権力差が向こうの世界より酷いからだ。それにネヴェズの嫡男を連れて行くわけにはいかないだろう。
「なら、なおさら、あいつの側にいるべきじゃないか。今更ネヴェズに戻ってきて、あれやこれや口を挟むなんて厚かましい話だ」
リーアムは本気で怒っていた。
エイヴェリーはメアリーの立場に立って考えてみる。
娘を殺した犯人が分かっていながら、夫は追求する気がない。怒りと失意で気鬱になり王都を去ったメアリー。
もちろん彼女にはあらゆる理不尽を耐え抜き、母としてディアミドの側にいることを選択することも出来た。多分、その方が「立派な母親」なのだろう。
だけどそれを強要することは出来ないと、エイヴェリーは考える。
「メアリー様の立場じゃないから分からないけど、王都で憎いパーソロンと笑顔で社交なんて精神的に耐えられないかもしれないよ。自分の心を守るためにも王都を離れたんじゃないかな」
「エイヴェリーはメアリー様の味方なんだな」
「ええっと、そんなわけじゃないけど……」
リーアムが話し方が拗ねた子どものようで、真面目な話の最中なのに可愛いと感じてしまうエイヴェリーであった。
ふいにリーアムは、エイヴェリーの頭の中を読んだように、真顔になった。
「いや、よその家の話だ。帝国では子どもを産むとすぐに田舎に行ったり、社交に勤しむのが貴族の常識だと聞いたこともある。僕は庶民の価値観を押し付けてるだけかもしれないな」
「それを言うなら私もだよ。メアリー様のこともディアミドのことも勝手に想像してるだけだからね。ただ前のネヴェズ公がいなくなったことで、ディアミドやメアリー様の苦しみが少しでも軽くなればいいと思うよ」
「そのネヴェズ公なんだが……君はどう思う? その……」
リーアムが唐突に要領を得ない話し方をする。エイヴェリーは辛抱強く、リーアムの次の言葉を待った。
「ネヴェズ公……ディアミドの父上は本当に子どもを殺したのがパーソロンだと思っていたと思うか?」
「気付いてたってこと?」
リーアムは静かに頷く。
「前ネヴェズ公は王宮を牛耳っていた。あの時の勢いがあればパーソロンを糾弾することも、脅すことも出来たはずだ」
「でも、それじゃあ……」
リーアムの仮説にエイヴェリーは戸惑っていた。
「君の言う通りなら、ネヴェズ公は我が子を殺した女王に取り入って、パーソロンに罪をなすりつけたことになるよ? そんなことって……」
ディアミドの父は娘の死さえ己の権勢に利用したことになる。そんな冷酷なことが出来るものだろうか?
「あの方ならやると思う。あの人は僕が会ったどんな人間とも違った。あの方にとって周りの人間は利用するためにあるんだ。妻も娘も息子も、女王と王子も」
「…………」
「いや、これは僕の考えじゃなくて、以前ディアミドが言っていたことなんだ。その時は、まさかそんな酷い人だとは思わなかったよ。ディアミドは父上に反発するあまり、父がモンスターに見えてるんじゃないかって考えてたんだ」
僕は無理解で酷いことを言ったかもしれない――と、リーアムは続けた。
リーアムの家族は仲がいい。義理の両親であるパーソロン夫妻との仲も良好だ。そんな彼には、父を悪魔のように語るディアミドが理解出来なかったのかもしれない。
いや、本当のところエイヴェリーにも理解出来ない。エイヴェリーも初晴も家族仲は良好だ。
ディアミドが何を考え、何を想いながらメアリーとの関係を築いていくのかは分からないし、前ネヴェズ公への疑念も憶測でしかない。
二人はネヴェズ家の話題から離れることにした。
そして数日後、ラナンシを揺るがすとんでもない事件が起きた。




