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94 エイヴェリーとリーアム

体調不良にて、次の更新は未定です。

 ディアミドが母親を抱えるようにして屋敷を去ったあと、エイヴェリーとリーアムは(妖精たちと)改めてお茶を飲んだ。


 話し合いではこれまで通り素知らぬふりをして女王に仕えつつ、ネイル王子を中心とする政治体制を早急に整える――ということで落ち着いた。

 ポポロンの存在についても近日中に女王に知らせることになるだろう。


「まさかネイル殿下とポポロンが結婚するのに、女王が反対することはないとは思うが……」

「正直、女王がどうでるか分からないからなんとも言えないよね」


 今のリーアムとエイヴェリーの会話が、離れの一階にいた者たちの総意だ。

 女王がポポロンの存在をあっさり受け止めてくれれば、ここ数ヶ月の不可思議な出来事にも納得してくれるかもしれない。


(まさか、「私から息子を奪おうとする女は許さない」みたいな展開にはならないよね)


 薄れゆく初晴(はつはる)の記憶の中で、楽しく笑いあっているポポロンと女王の姿がある。

 ふんわり柔らかく微笑む女王は白に近い金髪のせいか、茶髪のポポロンよりも妖精に近いように見える。もちろん闇の気配など一切感じさせない。美しく多幸感溢れるスチル。


 ネイルはともかく、女王と一生お茶してたいわ――ネットにはそんな声さえあった。


 もちろん、あの世界(ゲーム)には人攫いが闇に喰われたり、悪役令嬢アシュリンと謎の青年エイヴがポポロンの店の隣でお菓子屋を開いたりしない。保安隊や交番制度もなかったはずた。客船からネイルが落とされるようなハードモードな展開にはならないし、ポポロンが精霊になって助けたりもしない。

 何もかも変わった世界で、女王がどう動くのか分からないのだ。


 ポポロンについては当人らの意思を尊重しつつ、早い段階で女王に紹介するための準備をすることで、パーソロン、ネヴェズで合意した。


 問題はエイヴェリーだ。

 当初はパーソロンの傍系の地方出身の令嬢という、新たな身分を得るはずだったが、女王の思惑が見えない現在、エイヴェリーを世に出すのは時期尚早という話になったのだ。


 ポポロンが女王から攻撃を受け、なんらかの形で人間界を去る可能性もある。最悪に備えて妖精の見える人間(本当は精霊だが)を、一人は隠しておきたいわけだ。

 つまりポポロンとエイヴェリーは、妖精結界を維持するための便利な道具である。


「エイヴェリー、君は――」


 リーアムがワインをくゆらせるように紅茶の入ったカップを弄んでいる。ふだんならまずやらない行動だが、それほど何かに気持ちを奪われているのだろう。


「君とポポロンは妖精界に行くことが出来るんだろう? 精霊の君たちが人間のために犠牲になる必要はないんじゃないかな」

「君は私が、人間界にいなくなってもいいのかい?」


 意地悪な問いであることを承知で、エイヴェリーは訊ねた。

 リーアムは顔を強ばらせながら「いやだ」と即答した。

 

「だけど……君に死んで欲しくない。もしも、もしも……君が闇に飲まれたとしたら……、そんなの俺は耐えられない」


 リーアムはグレーの瞳を苦しげに歪めている。


「それくらいなら、ここでない世界で幸せに生きて欲しい」

「すまない、リーアム。嫌なことを聞いたね」


 リーアムがどんな言葉を紡ごうと、エイヴェリーの答えは決まっているのだ。


「私は人間として生きる。死ぬときも人間だ」


 エイヴェリーはきっぱりと言った。


 エイヴェリーの本性は精霊だ。心の奥底には精霊になって人のくびきから逃れたいという思いがある。


(完全に精霊になると私は父上や母上を忘れてしまうだろう)


 精霊エイヴェリーにとって彼らはただの「オーウェン」と「サーシャ」になる。父や母ではなく、ただの大好きな人間の一人になってしまう。

 同志のようなアシュリン、祖母のように慕っているノリスも同様だ。もちろんリーアムも。


(リーアム、君が私を失うのを恐れるように、私も君を愛した自分を忘れるのが嫌なんだ)


 精霊として人の数倍の時を生きるより、リーアムを愛しながら死ぬほうを選ぶ――とは口にはしなかった。きっとリーアムは動揺してしまうだろうから。


「これが私の意思だ。君が妖精界に行けと言っても断る。私は君と共にこのラナンシを守るために戦う」


 エイヴェリーは出来るだけ、からりと明るく響くように言った。


「嫌だと言っても、私は君の側から離れないからね」


 エイヴェリーは軽い調子で言い放った。しかし、リーアムの表情は真剣そのものだ。


「リーアム……」


 顔が怖いよ――。

 そう言おうとしたエイヴェリーの唇をリーアムが塞ぐ。

 それは何かを奪おうとでもするかのような激しさを伴ったキスだった。

 エイヴェリーの両方の上腕をリーアムの大きな手が力強く掴む。

 腕の痛みと唇の熱でエイヴェリーは震えた。

 あらゆる感情が奔流となって全身を駆け巡る。しばらくその渦の中に浸りきっていたエイヴェリーだが、いつの間にか涙を流していた。


(リーアム、私は絶対に君を失いたくない。絶対に、絶対に、絶対に――)


 ゆっくりと唇を離したリーアムはエイヴェリーから目をそらした。そして「突然、すまない」と、律儀に謝罪した。

 どうやらエイヴェリーの涙を誤解したようだ。


「いや、違うんだ……これは……あの……」


 せっかくのリーアムのストレートな愛情表現を台無しにしてしまった。

 恋愛初心者エイヴェリーはあたふたと言い訳を考えていた。


 そんな動揺を無視して、リーアムは再びエイヴェリーを見つめる。


「僕も君を離さない」

「リーアム……」

「愛している」

「あ……」


 私も愛していると言いたかったエイヴェリーだが、リーアムにきつく抱きしめられて言葉を失った。


 エイヴェリーはリーアムの逞しい胸元に顔を埋め……てはいなかった。

 よく考えたら同じくらいの身長だった。

 エイヴェリーはリーアムの肩の辺りに鼻をおき、フンスフンスと鼻息を荒くしていた。これではただの変態である。

 およそ雰囲気にそぐわないことを考えていたエイヴェリーだが、リーアムの一言で現実に引き戻される。


「エイヴェリー、結婚してくれ」

「ああ、もちろんそのつもりだ」


 もっと可愛げな言い方があったはずだ。エイヴェリーは後悔したが遅かった。

 リーアムにとってもその反応は予想外だったようで、くっと声を漏らし肩を震わせて笑った。


「笑うことはないじゃないか」


 一応抗議したエイヴェリーだが、釣られるように一緒に笑ってしまった。


 ひとしきり笑った二人は互いの首に腕を回し、再びゆっくりと唇を重ねた。

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