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91 エイヴェリー、女王の闇を語る

次の26日の更新になります。

「小さい頃は、自分の部屋でルゥルゥたちと宙を舞って遊ぶのが私の日課だった。自分が人なのか妖精なのか分からなかったけど、外に出たら女王に見つかって殺されてしまうから、とにかく出ちゃいけないってことだけは頭に叩き込んでたんだ」


 五歳になる頃には擬態は完璧だった。だが両親は警戒を解かなかった。結局、エイヴェリーが外の世界に出たのは八歳になってからだ。


「それが平民エイヴの始まりさ」


 妖精たちを影にしまい、黒髪の()()として、エイヴェリーは自由を満喫した。


十代も半ばになるとパーソロン夫妻は女王に()()エイヴェリーの廃嫡と田舎での療養を申請した。が、許可は下りなかった。


「ああ、その話なら知ってるよ。頭や体はどうでも種さえあれば妖精の見える女児が作れるかもしれないからね」


 ふっとディアミドは鼻を鳴らして皮肉っぽく笑う。


「この国のグロテスクな一面だな」


 吐き捨てるようにディアミドは呟いた。無礼な態度だが咎める者はこの場にいなかった。


 どこにも行けず何者にもなれないままエイヴェリーは、虚弱な貴族青年と平民の二重生活を送り続けた。転機が訪れたのは今年の初夏のことだ。


「エリン通りにね、妖精に囲まれた少女がいたんだ」


 ゲームの知識は話せないので、とりあえずポポロンと偶然出会ったことにする。


「その子は妖精が見えるだけじゃなかった。私と同じで妖精を可視化することが出来るし、妖精に力を与えることが出来るんだ」

「客船に乗っていた娘だな。あの不思議な光景は彼女の力なのかい? 君でなく?」

「ネイル殿下を助けたのは彼女、残りは私さ」


 ディアミドの言葉にエイヴェリーは頷く。


「女王陛下より強い力を持った娘が二人……」

「その女王陛下の力なんだけどね、あの方は妖精を見る力を失っているんだよ」

「何だって」


 ディアミドが気色ばむ。彼の隣のメアリーは魂が抜けたようにボンヤリとしていた。この場にいることが彼女のためになるのかエイヴェリーは分からなかった。


「話の途中ごめんなさい。ねえ、メアリー、あなた大丈夫? 違う部屋で休んだ方がいいんじゃないかしら」


 同じ懸念を抱いていたらしい母サーシャが、メアリーに声をかける。


「騙されないわよ」

「メアリー……」

「気安く呼ばないでっ」


 メアリーの強い拒絶にサーシャは悲しげに顔を歪ませる。そんな母の様子にエイヴェリーの心は痛んだが、すぐに強烈な視線に晒されていることに気づき慄いた。


「おかしいじゃない。陛下が子どもたちを殺したんでしょ? 妖精を見る力がないなら、どうやって使用人たちを眠らせたのよ」


 メアリーがエイヴェリーにくってかかる。


「これはあくまで、憶測ですが――」


 エイヴェリーは言葉を選び慎重に話し始めた。


「おそらく陛下が力を失ったのは子どもたちを殺害した後だと思います。その頃からですよね? 陛下が妖精の可視化を止められたのは」

「だが結界は?」


 ディアミドが訊ねる。


「妖精結界は王家の秘儀だから分からないんだけど、陛下は妖精門のコントロールは出来ないんじゃないかな」


 妖精の可視化を止めたのと同じ時期、開放政策の一環として妖精門が開いたままになった。


「客船が君たちを乗せたまま、妖精門をくぐろうとした時、我ら臣下は陛下に進言したよ。門を閉めてほしいとね」


 女王はただ青ざめ首を振るだけだったという。

 もっとも客船で起きた()()を目の当たりにした人々なら、女王の力を疑う者はいないだろう。あの夜の不可思議な出来事は帝国に伝えられ、ラナンシの女王の健在ぶりをアピールすることになったはずだ。



「話を戻すよ。ええっと、妖精の見える女の子に会って、私は彼女の存在が王宮に知られないように見守ることにしたんだ。そして、陛下が本当に妖精が見えていないのかどうか試してみたんだ」


 エイヴェリーはディアミドを見る。


「憶えているかい? 女王陛下のパレードで君と私は会ったよね」

「ああ、あれか! 君は随分具合が悪そうだったね。それで陛下は……」

「結論から言えば、陛下はやはり妖精が見えてなかった。気配すら感じていなかった」


 パレードでの女王は妖精が見えるふりをしていただけで、目の前に現れたルゥルゥやティンクたちにまるで反応しなかった。


「だけどね、あの方は別の力を持っていたんだ」


 ついに女王の持つ奇妙で恐ろしい力について話す時がきた。

 エイヴェリーは内心の震えを抑えた。


「パレードで始めて女王陛下を見たんだ。一目で好きになったよ。あの人の周りには妖精がいっぱい飛んでてさ、みんな女王陛下が大好きなんだ。だから、私は考えたんだ――」


 女王陛下が幼子を害するなんて出来るだろうか? やっぱり不幸な事故で女王陛下は悪いことなんて何もしてないのかもしれない。


「だけど、そう思った矢先だった。陛下の体から、黒い……もやが……」


 隣のリーアムの手がエイヴェリーの手に重なる。エイヴェリーは自分では気がつかなかったが、酷く震えていた。


 あの禍々しい黒いもやは、エイヴェリーや女王のように妖精に近しい者の体から出るのだ。


 今、この場で()()について語ることが出来るのはエイヴェリーを置いて他にいない。

 エイヴェリーは呼吸を整えるように、深く息を吸い込み、そしてゆっくり吐き出した。


「女王から出た黒いもやは妖精を食べたんだ」


 ディアミドがはっと息を飲むのが分かった。エイヴェリーはディアミドを見つめる。


「君も見たんじゃないか? 地下道で」


 闇に飲まれた人間を――。


 ディアミドは固まったまま動かない。


 帝国の人攫い事件が起こったのは、アシュリンやポポロンと出会って間もない頃だ。

 今は『虹色』の店舗になっている建物は、かつては帝国の衣類を扱う店だった。しかし、店主の男と店員の女は裏では人身売買に手を出していた。

 悪事を暴かれた服屋の男女は地下道に逃げた。

 そこでディアミドらに遭遇したのだ。


「君も、君らも見たよね?」


 ディアミドと部下たちは、闇に飲まれていく男女の姿を見たはずだ。もっとも人間の彼らの目に闇に喰われる人の姿がどう映ったのかは分からない。


「おぞましい……、ただおぞましいとしか言い様がない光景だった……」


 ディアミドは紙のように白い顔をして、呻くように言った。

 そして、目を閉じ沈黙した。

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