90 誤解
部屋の空気がずっしり重くなった。
あからさまな反応を示したのは妖精たちだ。
形のない妖精は部屋から逃げ出し、リーアムの頭の上の森の妖精たちは身を寄せ合うように固まっている。木馬妖精はいつものようにディアミドの肩の後ろに隠れ、ルゥルゥたちはエイヴェリーのそばでひっそりしている。
「ここからは、私が話した方がいいだろう」
そう言ってオーウェンは、二十数年前に起こった出来事を話し始めた。
「あなた方も知っておられるように私どもの最初の娘は妖精が見ることが出来た。妖精と共に自在に宙を舞う娘に、女王はメダルをお渡しになった」
メダル?
初めて聞く話である。
「メダルとはなんですか?」
エイヴェリーより先にディアミドが反応した。
「女王、王妃候補に与えられるメダルだよ。近年ないことだからね、若い人は知らないだろう」
オーウェンがメアリーを見ると、彼女は暗い表情で頷いた。どうやらネヴェズ家の娘にも渡っていたようだ。
「幼い娘に突然悲劇が襲った。あの子は妖精と共に二階の窓から外に飛び出し、そして、落ちた」
オーウェンの言葉に反応したサーシャが身を震わせているのが、エイヴェリーには分かった。エイヴェリーは隣に座っている母の手をそっと握った。
一方のネヴェズ母子の顔は紙のように白く、身じろぐことなくオーウェンの話を聞いていた。彼らが何を考え感じているのか、エイヴェリーには分からなかった。
「娘が窓から飛び出した時、館の者は皆、眠っていたらしい。余りに強い力を持ったが故の悲劇だと、我々は理解した」
そしてパーソロン家がメダルを返上してしばらくすると新たな悲劇が起こった。
「ネヴェズの幼子たちの訃報――」
オーウェンの言葉に、ネヴェズ母子は分かりやすく反応した。メアリーがわずかに動くが、息子のディアミドが目線で制した。
「立て続けに起こった悲劇に私は違和感を持った。妖精が見える女の子ばかりが死ぬ――これは果たして偶然なのかとね――」
「白々しいっ」
突然の金切り声が、室内の重い空気を切り裂く。メアリーだ。強い怒りに怯えた妖精たちはエイヴェリーの影に隠れた。
「殺したくせに……」
メアリーの口から呻くように紡ぎ出された言葉に、エイヴェリーは慄いた。この人は何を言おうとしているのだ?
「お前たちだ。お前たちが殺した。お前たちが、私の――」
「母上、落ち着いて下さい」
ディアミドが、ブルブルと体を震わせる母親の肩を抱いた。
「失礼しました。どうぞ、続きを」
オーウェンは軽く頷いた。
そこからの話はエイヴェリーには既知のものばかりだった。
女王を疑いエイヴェリーを病弱な男児として育てたこと、エイヴェリーが五歳ごろまで人間より妖精に近い存在だったこと。
「エイヴェリーが人間の姿を保てるようになったころ、ネイル殿下がお生まれになった。しかし、今更エイヴェリーの存在を公にすることも出来なかった。だから、廃嫡して別人としての人生を歩ませるつもりだったのだよ。こちらの話は一旦、終えよう。君たちも言いたいことがあるだろうからね」
しばらく、誰も喋ることなく沈黙が続いた。
やがてディアミドは興奮した母親を支えながら、話し始めた。
「私はあの男――父親から、姉を殺したのはパーソロンだと聞いていました」
今度はパーソロン側が怒る番だ。しかし、オーウェンはただ静かにディアミドの話に耳を傾けている。
オーウェンにならい、エイヴェリーらもただ黙ってディアミドの話を聞く。
ディアミドによるとネヴェズの女児らが死んだ後、子守りたちは解雇された。彼らにパーソロン家が接触したことを確認した前ネヴェズ公は、我が子の命を奪ったのがパーソロンであると確信したらしい。
「母はパーソロンの悪事を暴くべきだと父に訴えました。しかし、父は証拠がないと一蹴したようです」
ネヴェズ夫妻の確執は広がり、メアリーはディアミドを生んでしばらくして田舎で隠遁生活に入ったようだ。
「私はあの男を嫌い、憎んでいます。しかし、姉の死にパーソロンが関与しているものと長らく信じていました」
「殺したのは子守よ。あの女が井戸に落としたのよ、パーソロンに命じられてね」
はあはあと荒い息をしながら、メアリーは訴えた。
ネヴェズの女児の死は、妖精の見える娘を失い女王レースから脱落したパーソロン家による凶行――酷い濡れ衣だ。
エイヴェリーは腹立たしさをかんじていたが、父親のオーウェンは冷静さを崩さない。
「ネヴェズの少女らの死は、私から見てもおかしなものだった。私は秘かに解雇されたネヴェズの使用人と接触した。そして彼らの話を聞いて、確信したよ」
子守りらによると、悲劇が起こった時、彼らは突然激しい眠気に襲われ意識を失ったらしい。目覚めた時には少女を消えていた。
「三件とも周囲の者が眠らされていた。パーソロンは屋敷全体だったが、ネヴェズは子供の世話役のみ。次第に慣れていったのだろうね」
誰が――、とは言わない。
パーソロンとネヴェズ、両家の妖精の見える女児が邪魔な者、人々を眠らせ幼子を外に誘導出来る者。
「しかし、それこそ証拠のない話だ。私たちにあったのは怒りより恐怖だった。また女の子が生まれたら同じ悲劇が起こるかもしれないからね」
「……とりあえずあなた方の主張を信じます」
ディアミドは低い声で静かに言った。その隣でメアリーが呆けたような顔をしている。長年、憎しみを抱いてきた相手が本当の敵ではなかった。少なくともその可能性が高くなったのだ。今、彼女の頭は混乱しているのだろう。
「ねえ、ディアミド。いきなりとんでもない話を聞かされたのに、君はひどく落ち着いてるね。私は、ネヴェズからこんな形で恨まれてたなんて、正直戸惑っているよ」
なぜ君はそんなに落ち着いていられるのかと、エイヴェリーはディアミドに訊ねた。
ここでディアミドはいつもの余裕のある微笑みをやっと浮かべた。
「ここしばらく不思議なことが続いたからね。今まで信じていたものを一旦捨ててみることにしたのさ」
ただね、とディアミドは続ける。
「一番信じられないのは女王陛下のことさ。あの方がそんな恐ろしいことをされるなんて……。優しい方だ。それに為政者としての胆力もある。ここ数年は健康状態も思わしくないし、あの男を頼りすぎていたのは事実だが、それでも――」
ディアミドは言葉を濁す。
「私も信じられなかったよ。もしかしたら何もかも間違いで、女の子たちが死んだのは不幸な事故かもしれないって、どこかでそんな風に思ってたんだ」
オーウェンの話の後はエイヴェリーの番だ。
ここで、ゲームの知識を省いて女王の秘密について話さなくてはいけない。
さて、どうしたものだろう。




