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89 パーソロンとネヴェズ母子

「あなた、どうします」

「仕方ない、全員で出迎えよう。エイヴェリー、君も紹介してしまおう」


 そんなわけでお茶の準備はノリスにまかせ、パーソロン一家は揃ってディアミド親子を出迎えることにした。


 執事の案内で離れに招待されたネヴェズ親子は、パーソロン一家揃い踏みに虚を突かれたように押し黙った。まあ、なぜか平民のエイヴも混ざっているのだ。訝しがるのも当然である。


 もっとも同じくらいパーソロン側も戸惑っていた。ディアミド一人のはずが、珍客が飛びこんできたのだ。

 ディアミドの母は明るい夜空のような藍色の髪をしていた。瞳は黒く美しかったが、なんだかやつれているように見えた。


 両者が固まっていたのも一瞬のことだ。パーソロン夫妻が如才なくディアミド親子に挨拶をする。


「メアリー、ほんとにお久しぶりね」


 旧知の仲だったらしく、母サーシャはディアミド母に親しげに話しかけた。しかしメアリーと呼ばれた女性は顔を強ばらせた。

 敵意があると受け止められても仕方がない態度だったが、よほど懐かしいのか、あるいは場を和ませるためなのか、サーシャは構わず話しかける。


「懐かしいわね、メアリー。こんな風にまた会えるなんて嬉しいわ」

「…………」

「ねえ、何年ぶりかしら?」

「……さあ」


 メアリーは貴族女性とは思えないぶっきらぼうな物言いで、サーシャの言葉にまともに反応しようとしない。頑な母親に変わってディアミドが受け答えをしていた。


 彼らの会話から、メアリーが夫と息子を王都に残して二十年近く田舎に引っ込んでいたことが分かった。


(この人の娘も女王陛下に……)


 この影のある女性に、今日、この場で真相を知らせるべきなのだろうか。エイヴェリーには正解が分からなかった。


 サーシャとメアリーの再会の挨拶が済むと、オーウェンがリーアムを紹介した。メアリーの表情は動かない。

 一体この人は何をしにきたのだろう?

 リーアムのことをひどくつまらなそうに見つめるメアリーに、エイヴェリーは反感を覚えた。


「そしてここにいるのが――」


 オーウェンがエイヴェリーの紹介を始める。


()のエイヴェリーだ。この離れでパーソロンの嫡男として暮らしていた」


 その瞬間のディアミドの顔は傑作だった。こんな状況でなければ、エイヴェリーは即座にディアミドの間抜け面を揶揄っただろう。


「エイヴが……、そうか……、いや……」


 ディアミドは何か言おうとしたが、口を閉ざす。何を言うべきか迷っているようだ。


「いつまでも玄関にいても仕方ないね。お茶を用意してるんだ、虹色のお菓子もね。行こう、可愛い給仕もいるんだ」


 エイヴェリーは出来るだけ明るい声でネヴェズ母子を応接室に誘った。




『ディアミド、きたー』

『ディアミド、きたー』

『しらないこ、いる』

『ギギギギ……』


 応接室に入ると、ネヴェズ母子は妖精たちから強烈な歓迎を受けた。


『マカロン、たべる』

『これ、あまーい』

『おちゃ、のむ』

『ギギギギ、ギギギ』


「みんな、ちゃんとマナーを守ってお持てなしをするんだ」


 エイヴェリーは興奮した妖精たちを落ち着かせようとする。


「これは……妖精……なのか」

「ディアミド、君の肩を見てごらん」


 エイヴェリーの言葉に反応したディアミドは肩に漂う気配に気付いた。そこには木馬妖精がいた。


「その子には、客船であったよね」

「…………」


 ディアミドは声を詰まらせている。


「ずっと君の側にいたんだよ。いつだって君を見守ってた」


 ディアミドはそっと木馬を撫でる。

 木馬は最初、怯えたように身を引いたが、やがて子犬が甘えるようにディアミドに身を任せた。


 今日の話し合いがどんな結末となるのか分からない。だがディアミドが木馬と出会えたことだけは、間違いなく良かったことだ。エイヴェリーは満足していた。


 離れの一階の、長らく使ってない広間でパーソロンとネヴェズの話し合いはおこなわれた。

 それぞれが席につくと、エイヴェリーはあらためてディアミドに話しかけた。


「その子には名前があるはずなんだけどね、教えてくれないんだ」


 形のある妖精である木馬には名前がある。しかし、エイヴェリーが話しかけても逃げてしまうのだ。


「エイヴェリー、君は女で妖精が見える人間なんだな」


 ディアミドの顔には、いつもの余裕のある笑顔がなく、ひどく真剣だ。しかし、すぐ隣では星形妖精のティンクがマカロンを口に突っ込もうと構えているので、エイヴェリーはそれが気になって仕方がない。


「うん、半分くらい正解だよ」


 エイヴェリーはすっと擬態を解き、精霊となった。

 ディアミドが目を見開く。その隣で無表情を崩さなかったメアリーも、唖然とした表情でエイヴェリーを見つめていた。

 彼らの目の前には、光をまとい海のような青い髪をした精霊が映っていることだろう。


『私は妖精――精霊なんだ』


 エイヴェリーが擬態を解いたことで、妖精たちは更に興奮した。

 クッキーにマカロン、パート・ド・フリュイにドラジェが飛び交い、茶器が踊るように宙を舞う。それでもお茶が零れたり、器が割れることもなく、香りのいい紅茶とお菓子が客人の前に置かれた。


(マナー的には……及第点だな……)


 声を出して言うと即座に突っ込みが入りそうなことをエイヴェリーは考えていた。


 ディアミド母子は毒気を抜かれたような表情で、お菓子をつまみ、お茶を飲んだ。


『おいしい?』

『おいしい?』

「美味しいわ……」


 圧に耐えかねたように、メアリーがぼそりと呟くと、妖精たちは嬉しげに小躍りした。


「何故君は、いや、パーソロン家は君の存在を隠したんだ?」


 妖精たちの醸す明るい空気に対抗するかのように、沈鬱な声でディアミドは訊ねた。


 いよいよ、本題である。

 エイヴェリーは、擬態に戻った。


「私が生まれる前にね、姉が死んだんだ。君も知ってるよね、全てはそこから始まったんだ」

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