88 想定外の訪問者
アシュリンとノリスに甘え、エイヴェリーは店舗の奥で休憩していた。しかし、心は安まらない。考えれば考えるほど、ディアミドの訪問のことで頭が痛くなる。
当初は、パーソロンともネヴェズとも関わりのない中立的な場を選んでディアミドと話をするつもりだった。しかし、ディアミドは敵地になるかもしれないパーソロン邸を選んだ。
パーソロンを信用するという意思を行動で示したのだ。
互いが出せる情報を出した後、ディアミドとパーソロン家が手に手を取って、共に国家の難局を乗り切っていくのかは分からない。
パーソロン家はここ二十年の話を、ディアミドに全て伝えるつもりでいる。
どうせネイルは全て知っているのだから、隠しても無駄なのだ。
(ネイル……)
ネイルがこの国の、彼の母親の秘密を知ってしまった日のことを、エイヴェリーは思い出していた。
客船事件の傷が癒えたネイルは、お忍びでポポロンの元をたびたび訪問した。髪の色や服装を変えた本気のお忍びである。
それが可能になったのは、ネイルの側近たちが以前仕えていたものたちに戻ったからである。前ネヴェズ公に仕えていた者は、女王と王子から遠ざけられたらしい。
そして、とある日の午後、総菜屋を早じまいしたポポロンはネイルと会っていた。場所は『虹色』の応接室である。
ネイルは、母である女王に恋人の存在を知らせようとした。ポポロンはそれを拒んでいたが、理由を言うことができない。そこでアシュリンに助けを求めたのだ。アシュリンは身分違いを盾に必死に止めた。
「ポポロンは妖精の国から来たんだ。ニーヴと同じ、妖精――精霊だぞ。身分なんて、まったく問題にならない」
「二百年前とは違いますよ、殿下。やはり、段取りを踏まなければなりませんわ。まずはポポロンに上流階級の立ち居振る舞いと、それなりの身分を与えてからでないと――」
アシュリンがもっともらしい理屈を述べたが、ネイルは納得しない。
「そんな悠長なことを言っているうちに帝国がしかけてくるぞっ! 早く母上に、いや、国民にポポロンの存在を知らさなければならないんだ」
ネイルは別に早くポポロンと公認カップルになりたいわけではない。国の内外に妖精(精霊)の少女の存在をアピールすることで、帝国を牽制したいのだ。
だがネイルは知らない。恐ろしい存在が、国の中に、彼自身の側に控えていることを。
「とりあえず、母上にだけはお知らせせねば――」
「だめっ、それはだめっ」
「ポポロン?」
ポポロンの強い拒絶に、ネイルは違和感を持ったようだ。
しかし、ポポロンにもアシュリンにもそれ以上の説明は出来ない。女王が闇を生む所を彼女らは見たわけではないのだ。
結局、エイヴェリーが登場することになる。
エイヴェリーは自分の正体を明かした。そして二十年以上前に女王がしたこと、そして彼女が生み出す闇について話した。
『殿下、出来たら女王に近づかないで下さい。あの方の闇が妖精を食べる所を私は見ました。闇は人も食べることがあります。今の女王にどれほどの力があるのか私どもにも分からないのです』
精霊の姿になったエイヴェリーの言葉には説得力があった。
最初こそ険しい表情で「母上が幼子に手をかかけたというのかっ?」と強く非難していたネイルだが、やがてうなだれ表情を失っていき、最後はポポロンに支えられるようにして『虹色』を出ていったのだ。
あれ以来、ネイルは来ていない。
夕方、エイヴェリーは重い足どりでパーソロンの離れに帰ってきた。
一足先に帰っていたノリスは、訪問客のためのお茶の準備をしていた。
「ノリス、働きすぎだよ。私と妖精たちでやるから」
「あら、妖精たちもお見せになるんですか?」
「ああ、派手に正体を明かした方がディアミドも納得するだろうさ」
ディアミドの訪問で唯一の楽しみは、木馬妖精のことを知らせることが出来ることだ。
すでに客船で共闘しているが、あれ以来、ディアミドは木馬妖精を見ていないはずだ。
しばらくすると父と母、リーアムがやってきた。
「ディアミド君には直接こちらに来てもらうよ。その方が話が早いからね」
オーウェンが話していると執事が慌てて離れにやって来た。
「大変です。ネヴェズ公爵ディアミド様が本邸に来られたのですが、もう一人いらしていて……」
(ネイルかな)
もしもディアミドが誰か連れてくるとなると、ネイル以外あり得ない。それなら執事が焦っている理由も分かる。
「それが……、前のネヴェズ公の奥方様がいらっしゃっていて。ええ、ディアミド様の母君の方の――」
執事の言葉に、オーウェンは顔を曇らせる。一方のエイヴェリーは想定外すぎる内容を頭の中で整理するので精一杯だった。
もう一人の訪問者はディアミドの母親らしい。
つまり、女王に我が子を殺害された人物である。




