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87 船長の行方

次の更新は19日の予定です。

 客船事件で国外追放された罪人は、ショーンを船長とした群島の船で帝国に送られることになった。

 一応、罪人であるのでラナンシを出るまでは軟禁状態だったようだ。


「客船の船長だった男はうるさい奴だったから、個室を与えていたんだ」


 異変は妖精門の手前で起きた。船員が元船長の部屋から怒声と家具が倒れるような音を聞いたのだ。

 ショーンは鍵を開けて中に入った。


「船長は半分になっていたよ」


 ショーンは自分の顔の真ん中に手を持っていった。そして額から鼻のあたりを人差し指ですーっと撫でた。

どうやら縦半分が消えていたようだ。


「消えた部分から黒い霧みたいな物が見えた。あっという間だったよ。あいつは霧に喰われるみたいに消えちまった」

「…………」

「驚いちゃいるが、疑ってないみたいだな? ラナンシじゃ、よくあることなのか」

「あ……、いや……」


 とっさに何か言い繕うつもりで口を開いたエイヴェリーだが、うまい言葉が思い付かない。

 ショーンは目を逸らすことなくエイヴェリーを見つめる。


 ふいにエイヴェリーは恥ずかしくなった。

 昨日、屋敷に乗り込んだ時はこの男の正体を暴いてやろう、嘘を見抜いてやろうと意気込んでいた。しかし、より多くの嘘を抱えているのはエイヴェリーの方なのだ。

 今も誤魔化しの言葉を必死に探している。目の前の男なら、エイヴェリーのような若造の嘘なんて簡単に見破ってしまうだろう。


「済まない、私にも分からない。ただ、そんな恐ろしいことはラナンシでも頻繁に起きることじゃないし、起きちゃいけないんだ」

「あれは女王の力なのか」

「分からない……」

「お前は何者だ」


 何の変哲もないように見える茶色い瞳がエイヴェリーを捕らえる。吸い込まれそうな不思議な力を感じた。


「…………もし君が信用出来る人なら、私のことをもっと話してもいいんだけど……。君が何者なのか、私にはさっぱり分からないんだ」


 エイヴェリーは素直な気持ちを吐露した。


「俺はグラスゴーのショーン。いくつかの島と海賊を従えている。俺には夢がある」

「夢?」

「海を取り戻したい。俺が子どもの頃のようにな」

「海賊だらけになるだけじゃないか」


 帝国の支配下に入る前の群島周辺は海賊の縄張りだった。ラナンシ本土は結界で守られているが、結界の外では何度も海賊の餌食になったのだ。

 群島が帝国の管轄になって、ラナンシとしては正直有難い面があったのも事実だ。


「帝国の力が弱まっても、変わりに海賊が増えるだけじゃラナンシにとっては意味がないんだよ?」

「いずれは海賊稼業から足を洗いたいとは思ってるんだ。奪うだけじゃ、じり貧になるのは目に見えているからな。誰からも奪わず、誰からも奪われない世界。俺が目指す群島の未来だ」


 少年のような夢想を語るショーンに、エイヴェリーは魅せられていた。嘘は言っていないのだろう。出来るかどうかは分からないが。


「まあ、今は信用してくれとは言わんさ。少し時間をくれ」




 ショーンは店で菓子を吟味したが、どれを選んでいいのか分からないようなので、変わりにエイヴェリーが選んだ。


「チョコレートは置いてないんだ。カカオが手に入らないからね。カラフルクッキーは素朴な味がするよ。アイシングクッキーは華やかだろう? マカロンもアイシングが施してあるんだ。君のお嬢さんは、砂糖菓子は好きかい」

「砂糖が嫌いな奴がいるのか? あいつは工場で白い砂糖を作ってるんだ。砂糖(そいつ)は帝国やラナンシに行く。俺たち群島の人間の口にはけして入らないからな」


 エイヴェリーはカカオ農園の反乱を思い出していたが、今はそれを考えても仕方がない。砂糖を作る少女のためにせっせとお菓子を詰めた。


「日持ちを考えてマカロンはラスクにしといたよ。あとはうちの商品を少しずつ詰めといたから。ああ、お金はいらない。私から君のお嬢さんにプレゼントだ」


 アシュリンの何か言いたげな視線を無視して、エイヴェリーは虹色詰め合わせセットを二缶作って、ショーンに持たせた。


「礼を言いに来たつもりだったが……なんだか、悪いような気がするな」

「あの娘に食べて貰いたくて私が勝手にやることだから、気にしなくてもいいよ」


 エイヴェリーは二つの缶を、ショーンに押し付けるように渡した。


「変わりと言っては何だが、これをお前にやるよ」


 そう言って、ショーンはジャケットのポケットから無造作に取り出した小さな金のメダルをエイヴェリーに渡した。


「これは……」


 エイヴェリーの手の中のメダルは、ラナンシ建国二百周年を記念して作られたものだ。今年の初めに作られた物で、個数には限りがあるものの、ものすごく珍しいというわけではない。金に余裕のあるラナンシの民なら、誰でも家に一枚はあるだろう。


「あの男が唯一残したのがそれさ」


 ショーンは、アシュリンや他の客に聞こえないよう小声で話した。


「どうだ、何か分かるか?」

「いや、なんの変哲もないメダルだ」


 エイヴェリーはメダルをしげしげと見るが、何も見えないし感じることもない。


「なんで、あの男がこれを……」


 元船長が他国の記念メダルを欲しがるような性格とも思えない。


「ありがとう。もしかしたら何かの参考になるかもしれない」


 エイヴェリーはメダルを有難くうけとることにした。





 ショーンが店から出たのは昼前のことだ。『虹色』の客が増えるのはこれからだ。

 しかし、エイヴェリーはすでにぐったりしていた。


「エイヴ様、私が店舗を担当しますので少し休憩してください」

「いや、でも……」


 ノリスの言葉に、エイヴェリーは戸惑う。精霊になれば心身の疲れは簡単にとれるのだ。老齢のノリスに気を遣わせるわけにはいかない。


 そう思っていたのだが、アシュリンに腕を捕まれて店舗から矯正退場させられた。


「あんた少し休んでなさいよ。夜も大変なんでしょ」

「ああ――」


 アシュリンの言葉で、エイヴェリーの精神的ダメージは更に深くなった。


「あんたは平気なふりしてるけどね、いくら精霊になっても拭えない疲れがあるんじゃない? 昨日の夜も、それが原因の失態かもしれないでしょ」

「確かに昨日は慎重さに欠けていたな……」

「あんたが迂闊なのはいつものことだけど、本邸に殴り込みなんて正気の沙汰じゃないわ」

「い、いや、そこまで正気は失っていたわけじゃ……」

「とにかく、問題は今日の夜よ」


 そう、今夜、パーソロン邸は厄介な訪問客を迎える予定なのだ。


「ディアミドも大胆よね。敵地かもしれないのに夜に来るなんて」


 アシュリンが軽くため息をつきながら言った。

 そう、夜の訪問客はディアミド、現ネヴェズ公なのだ。

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