86 エイヴェリー、島の男と和解する
「そんなわけで、ショーンって奴が『虹色』に来るかもしれないんだ」
エイヴェリーは開店前の僅かな時間を利用して、アシュリンに昨日の出来事を話した。
ショーンはやはりロベルタ商会を訪ねてきた男と同一人物だった。エイヴェリーは群島独立云々の部分は除いて概ね事実を話した。
「あの男は海の妖精を引き連れて歩いてたのね。妙な雰囲気があったから気になってたの」
ショーンが妖精に好かれていることを話すとアシュリンは納得したように頷いた。
「今のあいつにはありとあらゆる妖精が張りついてるからね、賑やかなことになってるだろうね」
海の妖精に、エイヴェリーが監視を頼んだ妖精、それから彼を気に入って集まる妖精。
おそらく彼は注目の的だろう。アシュリンのように妖精の姿が見えなくても気配を感じることができる人間が多いラナンシで、こっそり何かをやるのは不可能だ。
「まあ、店に来たら適当に話を合わせて追い出すだけさ。礼が言いたいだけらしいからね」
「ねえ、あんたたちは信じてるの? そのショーンが領事と組んでいた海賊と対立してて、娘を攫われたって話」
「うーん、どうかな。父上とリーアムは一応信じることにしたみたいだ。私は直接会ってないからなんとも言えないけど……」
「あんた精霊なんだから、人間の嘘をバシッと見抜くとか出来ないの」
「はあ? そんなこと出来るわけないよ」
妖精は人間の感情を感じることが出来る。しかし、細かい思考を読むわけじゃない。嘘をつき動揺している人間ならともかく、平気で偽りを述べる人間を見抜けるわけではない。
「特に好きな人間の嘘には簡単に騙されちゃうよ。もしかしたら妖精界の女王は違うかも知れないけど、私にはそんな力はないね」
お馬鹿さんなのね、とアシュリンが言ったが、その通りなので反論のしようがない。
「うわ、来た……」
エイヴェリーは、店舗の外から濃厚な妖精の気配を感じた。
「いらっしゃいませ、ようこそ『虹色』へ。あら、商会の方にお越しになったショーン様じゃありませんこと?」
『虹色』の扉を開いた男に対して、アシュリンが白々しく挨拶をする。
ショーンも如才なく紳士風の挨拶を交わす。野性的だが、どことなく品位を感じる男である。
もっとも周りには妖精だらけで賑やかなことになってるので、エイヴェリーの目には愉快な一団が舞い込んできたようにしか見えない。
胡散臭い群島の男でなければ、エイヴェリーだって他の妖精たちのようにショーンのそばに駆け寄りたいくらいだ。
ショーンはアシュリンと他愛のない会話を交わしたあと、エイヴの方を向いた。
なんとなくこの男に主導権を握られたくないと感じたエイヴェリーは、ショーンが口を開く前に話し始めた。
「昨日は無礼な態度をとってしまい、大変失礼しました。パーソロン家からの使いから話を聞いています。私に用があるようですね」
上流階級らしい微笑みを浮かべながら、エイヴェリーはショーンを応接室に案内した。
「これが『虹色』の菓子か……」
ショーンは子どものように、ノリスが出したサツマイモとオレンジのマカロンを眺める。
「娘さんのことは聞きました。災難でしたね。彼女の様子はどうですか? もし良かったら、『虹色』のお菓子をお土産に持って帰りませんか」
「君は俺の娘のことも知っているのか」
「ええ、パーソロン家から聞きました。ああ、でも勘違いなさらないでください。私はあくまで不審な船を見つけただけです。お嬢さんを救助したのは保安隊ですよ」
「ほう、君は不思議な男だな。海賊船を見つけだし、客船に近づいた船を操っていたのが俺だと見抜いた。どうも普通の人間には見えんな」
「私は保安隊に協力している民間人ですよ」
エイヴェリーはいつものようにゆったりと微笑んだ……、つもりだが上手く笑顔を作れている自信がなかった。
「ふん、まあいい。いや、礼がまだだったな。君が船を見つけてくれなかったら、俺は二度とあいつに会うこともなかっただろう」
そう言うとショーンはエイヴェリーをじっと見ながら手を伸ばした。エイヴェリーもその手をとり、力強く握手を交わした。
救助された少女がこの男の娘なのは間違いないだろう、エイヴェリーは直感的に理解した。
「私こそ、すまな……申し訳ないことをしました。前のネヴェズ公や帝国の領事や船長たちへの怒りを、君に……いや、あなたにぶつけてしまったので……」
エイヴェリーは率直に語る。率直すぎて、男の身分や年齢を忘れそうになる。
「俺に対して貴族ぶった話し方はしなくていいぜ。なんなら俺もいつも通りにやるからさ」
ショーンはそう言うとマカロンを口に放り込んだ。
「ん、なんだこれ? ツルッとしてるな、中にはクリームが入ってるのか。ああ、うまい。面白い菓子じゃないか」
もう一つのマカロンを口に入れると、ショーンはそれを紅茶で流し込むように飲み込んだ。ずいぶん乱暴な食べ方だが、気に入ったようで「いいもんだな」「うまいなあ」を連呼していた。
「ところでお前さんは、船長の話は聞いているのか?」
すっかり砕けた口調になったショーンが、雑談でもするような気軽さで聞いてきた。
「ああ、いつの間にか船から消えていたらしいね。帝国から抗議が来たらしいけど、国外追放の罪人のことなんか、ラナンシが知ってるわけがないだろ」
そこまで言って、エイヴェリーはハッとした。
「まさか、君なのか? 君が逃がしたのか」
エイヴェリーが睨むとショーンは軽く首を横に振る。
「俺じゃない。まあ、あの船の船長は俺だったけどな」
「やっぱり君じゃないかっ」
「いやいや、国外追放の厄介者を運ぶ仕事をしただけさ」
なんせ俺は帝国の便利屋だからな、とショーンは冗談めかして言った。
「だが、俺は不思議なものを見たんだ」
ショーンは声を落とす。
「なあ、ラナンシじゃ、人間が黒くなって消えることがあるのか?」
「そんな馬鹿なことが、あるわけ――」
いや、ある。
女王の闇は妖精を飲み込み、人さえ喰らうのだ。
「俺は見た。船長が黒い霧に包まれて消えていくのを」
声を落とし、静かにショーンは語った。




