84 エイヴェリー、男の部屋を覗く
予告より遅い更新になってしまいました。
次回は12月5日の予定です。
(うわぁぁ――――っ!! 失敗したぁ――――――――っ)
執事に伴われ玄関に向かいながら、エイヴェリーは自身の失態に恥じ入り悶絶していた。もちろん心の中でのことだ。
いつものように離れから様子を見ればよかった。あの男が元ネヴェズ公らを逃がした犯人だということは、妖精を通して伝えるだけで済んだ話だ。
あえて屋敷に乗り込んだのは、あの男に文句の一つでも言ってやりたかったのだ。
結局文句どころか、相手の正体も分からないまま追い出されてしまった。
冷静に考えれば、あの男は仕事を依頼されただけなのだろう。
ネイルを殴り、暗い海の落としたのは船長。
国を裏切ったのは元ネヴェズ公。
帝国の意を汲みラナンシを騙したのは新領事たち。
本来ぶつけるべき怒りの矛先は、彼らなのだ。しかし、逃がしてしまった。エイヴェリーは、行き場を失った感情をあの男にぶつけようとしただけだ。つまり、八つ当たりである。
(ああ――――――っ、馬鹿なことをした――――っ)
『ばか、ばか、エイヴェリー』
『おおばかー』
妖精たちが情けようしゃなく煽ってくる。
「――様…、エイヴェリー様」
妖精たちに気をとられて気がつくのが遅れたが、手前を歩いていた執事がひそひそ声で話しかけてきた。
「私が分かるのかい」
エイヴェリーも小さな声で話す。廊下には誰もいないが、さっきのメイドのようにふいに誰かに出くわすかもしれない。用心にこしたことはないのだ。
執事の返事の前に玄関ホールにたどり着いた。執事は無言で玄関扉を開けて、エイヴェリーは外に出た。
頃合いを見て精霊になり、離れでもう一度、あの男と父らのやりとりを覗こう。そんなことを考えていたら、玄関扉の近くの執事が話し始めた。
「やっとお会いできました……」
執事の声は震えていた。
エイヴェリーは振り返る。
閉めた玄関扉の前に立っている執事の手にはランタンの灯りがあった。その光が後退した生え際を照らすので、執事の額は妙にツヤツヤしていた。
下がり眉に眠そうな小さな目。冴えない風貌だが、有能な男であることをエイヴェリーは知っていた。
エイヴェリーが歩き出すと、執事は足元を丁寧に照らした。
「妖精の目を通して君のことは見てるよ。父上を支えてくれてありがとう」
「――――っ」
執事が泣いているのが、気配で分かった。
この屋敷でエイヴェリーの正体を知っているのは、父オーウェン、母サーシャ、ノリス、リーアム、そして執事の五人だ。
執事だけがエイヴェリーとの接触がない。
屋敷の全ての使用人を統括し、主人であるパーソロン公の右腕でもある彼は、外部との接触も多い。
無意識にでもパーソロン家の秘密を話してしまうかもしれない――そんな懸念から執事自らがエイヴェリーと接点を持つことを拒んだらしい。
「お美しく、素晴らしい…………お姿……になられましたな」
「素晴らしい」のあとの単語が中々出なかったのは、多分「貴婦人」とか「淑女」などと言いたかったからだろうと、エイヴェリーは察した。
まあ、こんな肩幅広い胸筋増し増し紳士服着用女じゃ仕方ないよね、と内心思いながらも、エイヴェリーの心も震えていた。
素早く精霊になったエイヴェリーは振り返った。
「おお……、それが――」
執事はぽかんと口を開けたまま、呆けたようにエイヴェリーを見つめるばかりだった。
エイヴェリーと執事の周りを妖精たちが舞う。
エイヴェリーは、執事の肩を飛んでいた淡い光の妖精を自分のそばに呼び、そっと息を吹き掛けた。
ボンヤリした姿の妖精は強い輝きを帯び始めたが、形はなく名前もない。それでもこの妖精が歓喜に震えているのが、エイヴェリーには分かった。
『私が去れば、この子の姿は見えなくなる。だけどいつもあなたのそばにいるから、優しく話しかけてやってほしいんだ』
エイヴェリーがそう言うと、光は執事の肩の辺りに戻った。どうやら大人しい性質の妖精らしい。
「ありがとうございます。エイヴェリー様」
執事は涙を流しながら、肩の妖精をそっと撫でた。
執事ともっと話したかった。この二十年、重い秘密を胸に秘め続けながら、パーソロンに仕えてきたその労に報いたかった。
しかし長居は出来ない。
「父上を頼む」
エイヴェリーはそれだけ言うと、辺りを見回しながら素早く離れに戻った。
離れから屋敷に意識を移したが、群島の男とオーウェンらの話は終わっていた。屋敷から出た男は夜の闇の中にするりと消えたが、エイヴェリーには彼の纏う金粒たちが見える。
そのまま意識を男に集中させる。
男は港の近くの宿屋に入った。そこには群島民らしい褐色の男や女がいた。
男に絡みつこうとした女を五月蝿そうに追い払うと、宿の一室に入った。
(あの男を見張ってくれ)
エイヴェリーは形のない妖精たちに頼むと、妖精たちは男のそばでくるくると踊りだした。海から来た金粒たちも陸の妖精に興奮して、忙しく動き回っている。どうやら男は本当に妖精に愛されているようだ。
三家の血筋でもなく、ラナンシの人間でなくとも、これほど妖精に慕われるものがいることにエイヴェリーは驚いていた。そしてなんとなく面白くなかった。
「おい、静かにしてくれ」
男がボソリと呟いた。
とたんに妖精たちが静まり返る。
男はフウッと溜息をつくとそばにあった椅子にもたれかかった。
(こいつ……)
見えてこそいないが、この男は妖精の気配を感じることが出来るのだ。おまけに妖精たちはある程度、男の指示を聞くようだ。
「――エイヴェリーっ」
耳元で呼びかける者の気配にエイヴェリーは気がつき、意識を自分の部屋に戻した。
隣にいるのはリーアムだ。少し離れた所に父がいた。
『リーアム、あの男は何者なんだい?』
「彼が気になるのか」
『あいつは妖精を従えることが出来る。あまり敵にまわしたくない相手だ。だけど気に食わない奴だ』
そこまで言うとエイヴェリーは擬態に戻った。正直に言えば精霊としてはあの男にひどく惹かれるものがあった。しかし、人間エイヴェリーはあの男への怒りと不信でいっぱいだ。
「エイヴェリー、さっきのお前は少し様子がおかしかったね」
オーウェンが宥めるような声で言う。聞き分けない子どもを落ち着かせようとしているようだ。事実、エイヴェリーはあの男のことを考えるとあらゆる感情が吹き出してきて冷静さを失ってしまう。
長椅子にエイヴェリーが座ると、その隣にリーアムが座った。そして父オーウェンはエイヴェリーと向かい合うように座る。
「あの男は何者で、どんな話をしたのですか? あれは帝国側の人間ではないのですか」
「少し落ち着きなさい」
そう言うとオーウェンは、ノリスと妖精たちが準備したお茶を飲んだ。
「エイヴェリー、これはハチミツだね」
お茶菓子はハチミツにナッツがぎっしりつまったターキッシュデライトだ。
「うん、面白い食感だ。新作かね?」
「いえ、試作品は作りましたが商品化は断念しました」
エイヴェリーは国内でのハチミツの安定供給な難しいことを説明した。
「ハチミツの量も味も一定しないんですよ。味にクセがあるから、誰でも美味しく食べられるわけじゃなくて……」
今、出しているのは成功したモノだが、違うハチミツで作ったモノは妖精のおやつになった。
「ハチミツの味って結構違うんですよね。私とアシュリンで好みが違ってて喧嘩になっちゃって……」
パーソロン家で出されているハチミツを、アシュリンは「グレードが低い」と評した。帝国では好まれないタイプなのは確かで、何事も帝国基準で考えているアシュリンは間違ったことは言っていない。しかし、エイヴェリーにとっては親しんだ味を否定されたのだ、面白くなかった。
こんな風に商品の話をしているうちに、エイヴェリーの心は次第に落ちついてきた。
「ハチミツは『虹色』では使わないのかい?」
「ええ、当面は。やっぱり精製した砂糖が扱い易いですね」
父の問いにエイヴェリーは答えた。そして自身の口から出た砂糖と言う単語のせいで、またあの男を思い出してしまった。
「あの群島の男は砂糖を売りに来たのですか?」
「ああ、その話もしたね。彼の目的はもっと大きなモノだったがね」
父の返答に、エイヴェリーの心は再びざわつく。隣に座っているリーアムも体を固く堅くしたように感じた。
「あいつは何が目的でラナンシに来たんですか? そもそも、何者ですか」
「そうだね――」
オーウェンは視線を下に落として、慎重に言葉を紡いだ。
「あれは王になるかもしれん、男だ」




