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80 恋人たちの未来

 パレードは、ラナンシ最大の冬の祭りの最初に行われた。

 初代王キーアンとニーヴが結ばれ、人と妖精が三十日間、祝い続けたと言う伝説を元にしたものだ。

 普段は本格的に祭りの雰囲気になるのは年末年始くらいなのだが、建国二百年の今年は伝説の通り、三十日間賑やかに祝うことになっている。


 もっともパレードは当初の予定より規模が縮小された。

 祭りの陣頭指揮にあたっていたネヴェズ元公爵の()()により、現場は混乱していた。加えて女王の体調が万全ではない上に、ネイル王子は客船事件の傷が癒えてはいないのだ。


 父オーウェンやリーアムの情報によると、ネイルは三日間高熱にうなされたが、現在は回復しているらしい。ただ船長に殴られた顔面の傷がまだ残っているので、パレードで国民の前に顔を出すのはまずいと、女王らが判断したようだ。


 ネイル王子の顔に残る傷は帝国への怒りとなり、その矛先は弱腰外交しか出来ない王家に向かうのは容易に想像できる。


 正直エイヴェリーは、怒りより恐怖と不安を感じていた。一国の王子がこれほどまでに傷付けられたのに抗議も出来ず、受けた屈辱をなかったことにしてやり過ごすしかないのだ。


(弱いんだ。それくらいラナンシは力がないんだ)


 今回の事件は、帝国がラナンシ攻略に本気で乗り出したことを示している。

 本来、船上パーティーには、女王、ネヴェズ公、パーソロン公爵の三家当主が揃うはずであった。

 帝国の思惑通りなら、ラナンシの首脳をまとめて拉致することが可能だったのだ。


 実際乗船したのはネヴェズ父子、パーソロン家嫡男リーアム、王子ネイルだったが、まとめて人質にしてしまえば、ラナンシの痛手になることは間違いない。ネヴェズ公亡命だけで済んだのは僥倖だったと言える。





 アシュリンとポポロンはパレード中も通常通り店を開けた。

 エイヴェリーはパレードの様子を見守ったが、用心深く妖精たちを隠した。


 女王は馬車の中で、いつものように穏やかに微笑んでいる。その隣にはネイル王子がいない。後継者の姿が見えないのは国民にとっては不安材料ではある。

 しかし人々の関心は女王の馬車を先導する軍服姿の二人の青年に集中していた。


「ディアミドさまーっ」

「ちょっと、リーアム様でしょ」

「だって……」

「こら、女王陛下を忘れるんじゃない」


 人々のかまびすしい話し声が、あちこちから聞こえてくる。

 目下王都の女性はディアミド派とリーアム派で割れているらしい。平和な諍いである。





 パレードが通り過ぎ、人々が散開する頃、『虹色』『ポポロンの総菜屋』は共に店仕舞いをした。

 エイヴェリーは片付けをしながら、『虹色』の応接間に意識を向ける。


 そこにはネイルがいた。左目に巻かれた包帯が痛々しい。彼は今、妖精たちから「おもてなし」を受けている最中だ。


『さあさあ、皆さん。殿下に粗相のないようにお茶を振る舞うのですよ』

『わかったー』

『ネイル、おかし、いっぱいたべる』


 エイヴェリーとポポロンの妖精たちは、執事妖精メェリィの指揮の下、熱心にネイルの世話をしている。


『ネイル、クッキー、タベル』

『コロッケ、アゲタテ、イッパイ、タベル』

『オチャ、アツイノイヤ』

『シンサク、タベロ』


 ネイルが無自覚に引き連れてきた形のない妖精たちもはしゃいでいて、応接室は賑やかなの空間になっている。


「いや、あの……」


 一人で妖精と対峙しているネイルは、ひたすら戸惑っていた。

 妖精たちは人間の口にいきなりお菓子を突っ込まないぐらいには、マナーに精通している。とはいえ宙を舞う茶器や菓子を、当たり前に受け入れる度量は、ネイルにはなかった。


「アシュリン、急いで応接室に行かないと――」


 エイヴェリーがそう呟いた瞬間、店仕舞いを終えたポポロンが慌てて駆けつけてきた。


「大変、ネイルが――」

「ポポロン、ネイル王子の所に行ってくれ」


 エイヴェリーの言葉にポポロンは頷いた。

 紫の髪と金色の瞳に戻ったポポロンは壁を通り抜けて応接間に向かった。


『ネイルっ』

「うわぁ、ポポロン!?」


 突然のポポロンの出現に、王族らしくない声を上げたネイルは、次の瞬間、窒息の危機に陥った。

 ポポロンが宙からふわりとネイルを抱きしめたのだ。


「ポポロン……」

『ネイル、私……一緒にいたい。ネイルのそばにいたい』

「ポポロン、君が何者でも構わない。ただ私のそばにいてほしい」


 エイヴェリーは妖精の目を通して、応接間を見ていた。のぞき魔のようなことをするつもりはなかったが、目が話せない。


「で、あの二人、どうするって」


 妙に冷めた声でアシュリンか訊ねてきたが、応接間の展開に動揺しているエイヴェリーはそれどころではない。


「あ、愛してるって……ネイルが……、あ、ポ、ポポロンも私も愛してるって言ってる――」

「あんたが顔赤くしてどうすんのよ」


 アシュリンが深い溜息をつく。


「け、け、結婚するって。結婚――」

「まあ、そうなるでしょうね。って、あんた小学生じゃないんだから、少しは落ち着きなさいよ」


 大変なことよ――と、アシュリンが呟いた。


 そう、大変なことだ。

 帝国は本格的にラナンシを併合しようとしているし、女王は人さえ飲み込む闇を生む。

 目下我が国は内からも外からも、脅威にさらされているのだ。


 この危機的な状況の中でひと組のカップルが生まれた。


 人と精霊。

 王子と平民。



「ねえ、君はどうするの。やっぱり帝国の身内を頼るかい?」


 エイヴェリーはアシュリンに訊ねる。帝国にすり寄るネヴェズ公が去っても、相変わらずラナンシの未来は不透明だ。

 アシュリンは首を横に振った。


「まさか。こうなったらあの二人の行く末を見届けたいわ」


 それからアシュリンはエイヴェリーを見た。


「それと、あんたとリーアムもね」


 さっさと結婚しちゃいなさいよ――、アシュリンがもののついでのようにぞんざいな調子で言った。


「え、は? え?」


 すっかりパニックになったエイヴェリーは、頬のあたりに焼けるような熱を感じていた。


「ほら、行くわよ。なんでもない顔してあの二人の惚気話を聞いたあとに、おめでとうって言わなくちゃいけないでしょ」


 立ち尽くすエイヴェリーを無視して、アシュリンは応接間に向かった。

 エイヴェリーも慌ててアシュリンを追う。


 不思議なことに、ここ数日感じていた不透明な未来への不安は消えた。

 それどころか、何かが開けたような明るい高揚感が、エイヴェリーの全身を包んでいた。



【第3部、完】

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