79 後始末
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舵を操っているのは巡視船の兵士たちだ。彼らは大型船も扱えるようだ。
(船はもう抑える必要はないな)
エイヴェリーは、妖精門を越えて帝国領に入った巡視船を追う決意をした。
『いけません、エイヴェリー様』
察しの良いメェリィが制止する。
『あちらでは精霊のエイヴェリー様でも自由に動くことはできません。危険です』
『だけどまったく無力ってわけでもないだろう?』
エイヴェリーは以前、結界の外に出て、形のない妖精になったルゥルゥを元に戻したことがある。
『行ってどうなさいます。悪党どもが心を入れ替えると? 海の妖精も、結界の向こうでは今のような力は使えますまい』
確かにルゥルゥの時のように、妖精の形を保つために手一杯になるだけなら、船を止めることは出来ないかもしれない。
『分かった。追跡はあきらめよう』
エイヴェリーは未だに混乱する甲板に上がり、物陰に隠れて擬態に戻った。
ディアミドは消えたネヴェズ公たちを探すよう、保安隊員や兵士たちに指示を出していた。
「ディアミド、違うっ! あっちだ。あれを見てくれ」
人の姿に戻ったエイヴェリーは、ディアミドらに近付きながら一点を指さした。
エイヴェリーの指の先には、妖精門を越えて帝国領に入り、小さくなっていく巡視船が見える。
「巡視船がなぜ?」
ネイルが唖然として逃げていく船を見送っている。
「いえ、あれは巡視船ではありません。群島の船でしょう」
ディアミドの説明によると、 元々巡視船は群島の造船技術で作られたものらしい。
「群島の一部は極めて高い機動性と攻撃力を持っていますからね」
ディアミドは愉快そうに笑った。早い話が海賊船である。
「しかし、エイヴ。あの船に連中が乗っているのは確実なのか?」
「いや、そこまでは分からない……。私もついさっき、あの船に気がついたばかりなんだ」
妖精の目を借りて逃げる船の中を探ろうとしたが、視界が妙にぼやけているし、音もまばらに聞こえるだけだった。
わずかな距離ではあるが、妖精結界の中と比べて妖精が圧倒的に少ないのだ。
「念のために、船内の捜索も続行しつつ、ラナンシに戻ろう」
ディアミドは、テキパキと兵士たちに師事を出した。
人々が忙しく動き回る中、エイヴェリーは妖精の可視化をそっと止めた。
「おい、消えたぞ」
「なんだ、どこに行った?」
いきなり妖精が見えなくなったため、騒ぎはかえって大きくなる。
「これが女王陛下のお力か?」
どこからともなく、「女王陛下、万歳」と言う声が聞こえる。エイヴェリーはその声を無視して、父オーウェンに連絡をとるため船内に入った。
早朝、客船はラナンシの港に戻ってきた。客たちは船上で簡単な事情聴取を受けただけで、あっさり解放された。
客は帝国とラナンシの上流階級ばかりだ。あまり長い間、拘束することは出来ない。
もっとも船を降りたとたん、新聞記者や野次馬らに囲まれて、あれやこれや聞かれる羽目にはなった。
「――ああ、見たとも。妖精は金色に輝いていたよ。君らは妖精を見たことはないのかね。ラナンシ人なのに?」
帝国の紳士が得意げに取材を受けていた。となりの貴婦人は不機嫌そうな顔をしている。
「私は何も見ていませんよ。眠っていましたからね。ああ、目が覚めたら白い雲のようなものが天井にいたような気がしましたけど……」
「お前、それは寝ぼけただけだよ。妖精はね、そりゃあ美しいもんさ」
婦人はぶすくれ、紳士は興奮気味に語り続けた。
エイヴェリーは、白い雲も金色の輝きも、どちらも妖精ですよと語りかけたかったが、グッと堪えた。
帝国人で編成された船員、料理人、医師と助手は拘束された。ラナンシ人ばかりの給仕係も一応事情を聞かれた。
もっとも給仕と料理人、医者の助手は、事が起きている最中は皆眠っていた。目覚めたら、いきなり事情を聞かれたのだが、いろいろ聞きたいのは彼らの方だろう。
わけがわからないまま拘束された彼らは、実に気の毒だが、エイヴェリーは医者と料理長はクロだと思っている。
彼らは妙に親切だった。医者は動けなくなった助手をしかることなく休ませていたし、料理長も片付けをほったらかして料理人を休ませていた。
彼らが、客や乗組員たちを寝かしつける仕事をしていたのだとしたら、あの態度は納得できる。
もっともどこまで主体的に関わったのかは分からない。帝国の、おそらく中心に近いところから指示が出ていたのだとしたら、立場上断れないだろう。
エイヴェリー、アシュリン、ポポロンは日常を取り戻した。
ポポロンはこれまでどおり『ポポロンの総菜屋』を営み、隣ではアシュリンとエイヴェリーが『虹色』を開いている。
違うのは、『豪華客船略奪未遂事件』の顚末を聞きたがる人がひっきりなしに来ることだ。
アシュリンとポポロンは眠っていたから分からないと言って誤魔化し、給仕係として乗船したことを知られていないエイヴェリーは、完全に部外者面で乗り切っている。
それでも、『虹色』の客たちはこの話題から離れることはなかった。
「ねえ、エイヴさん、聞いたかい。悪い帝国人たちはみーんな解放されたってさ」
女性客の一人がいかにも不満げな顔でエイヴェリーに話しかける。
「そう言うわけではないようですよ」
エイヴェリーは穏やかな笑みを浮かべながら、一般人として知りうるかぎりの情報をつたえる。
「船乗りたちと医者と料理長は国外追放。他は事情を知らなかったようなので無罪放免らしいです」
「追放なんて、逃がしたようなもんじゃないか」
「帝国からの抗議が凄まじいようですよ」
あまり長期にわたり大量の帝国人を拘束していると、不当な扱いを受けている同胞を救えとばかりに帝国が攻めてこないとも限らないのだ。
「はあ、盗っ人猛々しい連中だよ」
客の怒りは収まらないらしく、他の客と一緒におしゃべりを始めた。
エイヴェリーだって納得はしていない。知られてはいないが、船長はネイルを殴り、船から落としたのだ。他の人間は命じられて仕方なく従っただけかもしれないが、あの男は積極的に関わっていた。
躊躇無く少年の命を奪おうとした人間が野放しなるなんて恐ろしいことだと、エイヴェリーは考えている。
「ねえ、それより新しいネヴェズ様を見たかい?」
「見たわよ。父親とは全然違うから、びっくりしちゃった」
女性たちの声が急に華やぎはじめた。
ネヴェズ公は正式に公爵位を剥奪され、ディアミドが新しいネヴェズ公爵となった。
逮捕状を出し、帝国には元公爵の返還を求めているが、地位剥奪以外のお咎めはなく、ネヴェズ家も傷ついていない。
これについて王宮でも不満が出たようだが、パーソロン公が積極的にこの措置を指示しているので貴族たちは沈黙している。
市井でも「パーソロンの旦那が推してるなら、新しいネヴェズ公は、まあ、大丈夫なんだろう」と言う声が大半だ。
そしてこれまで、平民の前にはあまり顔を出さなかったディアミドが積極的に表に出てきたことで、懐疑的な人々も若き公爵を支持するようになったのだ。
「胡散臭い帝国の話なんてどうでもいいわ。それよりパレードよ。なんでもリーアム様とディアミド様が、パレードに参加されるんですって」
きゃー、と客たちの黄色い声が店内に響く。
そろそろ買い物を済ませてほしいものだと思いながら、エイヴェリーは客の話に聞き耳を立てていた。




