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76 裏切り

次の更新は4日の予定です。

(リーアム! 船は妖精門の先に行こうとしている)


 エイヴェリーはまずリーアムと連絡をとった。リーアムの側にはリッキーと、保安隊の第一隊員たちが集まっていた。

 エイヴェリーのもたらした情報に、リーアムは衝撃を受けたようだが、余計なことは言わなかった。


「皆、聞いてくれ。この船は妖精門を越えて帝国領に向かっている」

「はあ?!」

「何だって? そんな……」


 リーアムの突然の宣言に保安隊員たちは、ただ唖然としていた。リーアムは構わず言葉を続ける。


「僕とリッキーは外に出て信号弾を打つ。君たちはネイル殿下とネヴェズ公、ディアミドの保護を頼む」


 保安隊員たちは返事をするかわりに、お互いの顔を見合わせて、誰かが発言するのを待っていた。

 おそらくこの第一隊員は、ネヴェズ公の息がかかった者たちで、パーソロン家のリーアムに従うのは不本意なのだろう。

 だが、今は緊急事態だ。こんなところで派閥争いをしている場合ではない。


「分かりました。我々は殿下と公爵と隊長の保護に向かいます」


 代表して年嵩の男が言うと、第一隊員たちはさっと動き始めた。


「気を付けてくれ。誰が敵か分からないが、おそらく船員らは帝国の意向で動いているはずだ」


 リーアムの言葉に三人は無言で頷いた。


(リーアム、私も父に詳細を知らせる)


 エイヴェリーはそれだけ伝えると、感覚を研ぎ澄まし父オーウェンに話しかけた。

 オーウェンは王宮に待機していた。保安隊長官ネヴェズ公と第一隊長ディアミドが海上にいる間、一時的に軍を動かす権限はパーソロン公にあった。


(父上、聞こえますか? 非常事態です。船は妖精門をくぐり抜けようとしています。ネイル殿下、ディアミド殿らは薬で眠らされている状態です。動けるのは保安隊五人だけです)

(…………)


 沈黙が、パーソロン公の受けた衝撃の度合を現していた。しかしさすがは三家当主である。オーウェンはただちに動き始めた。


(……分かった。巡視船を派遣し、不自然にならない程度に詳細を陛下に報告する)


 その時、港から細い光が夜空に向かって打ち上げられた。

 海上で待機していた巡視船が、客船からの信号弾に反応したのだ。巡視船は素早く客船に向かって動き始めた。

 王宮に待機しているオーウェンら側近も、望遠鏡で信号弾の動きをキャッチした。


(父上、閉門の要請を……)

(しなければ不自然だろうな)


 女王は妖精が見えず、妖精門の開閉を自由に行うことは出来ない。パーソロン親子は当然知っているが、ここで妖精門について言及しないのはあまりにも不自然だ。


(仮に巡視船が追いついても、この船を止める力はないかもしれない)


 客船とはいえ、帝国製の大型船である。少々、威嚇攻撃をしたくらいでどうにかなるものでもないだろう。


 エイヴェリーは意識を船に戻した。船から打たれた信号弾に発信元を探って船員らが右往左往している。船長と話していた航海士が、動揺する船員らを叱咤していた。


「信号弾なんぞ無視しろ。門をくぐればこっちの勝ちだ」


 確かにその通りで、帝国領に入ってしまえばラナンシは手も足も出せない。


(最悪、ネイル殿下とネヴェズ公、それにディアミドだけでも、船から降ろさなくちゃ)


 リーアムは性格上、ほかの客を置いて船を降りることはないだろう。

 ポポロンは精霊になれば簡単に船から脱出することは出来る。アシュリンは――。


(エイヴェリー、聞いてる?)


 ふいにエイヴェリーの頭にアシュリンの声が響きわたる。


(ポポロンが部屋から出ちゃったの。ネイルを助けるつもりでいるのよっ)


 アシュリンによるとポポロンは精霊化して飛び出したようだ。

 エイヴェリーは意識をネイルの寝室に向けようとしたが、近くで何かが動く気配を感じて擬態に戻った。


「おい、そこの君。何がおこってるんだい?」


 後ろを振り向くとガウン姿の男性客がいた。


「分かりません、私も確認に行くところです。緊急の場合は、船員から報せがあるはずですので、室内で待機してもらえますか」


 エイヴェリーは、何も分からない使用人の態度をとった。実際のところ、何が起こっているのかイマイチ分からないのだ。


「そうか、頼むよ」


 ガウン姿ではすぐに動くわけにはいかない。客は大人しく部屋に戻った。


 皆が皆、ハーブティーを飲んだわけでもないし、効果も違うのだろう。異変に気がつく客は他にもいるかもしれない。騒ぎが大きくなれば、状況は悪化するかもしれない。


 巡視船は間に合わない。仮に追いついても、この船を泊める力はないだろう。


 首謀者を突き止め、止めなければならない。


(誰のたくらんだことなんだろう。新領事か? だったら止める力があるねはネイル……、いやネヴェズ公)


 権力という点ではこの二人だ。

 腕力なら保安隊員。ネイル付きの護衛とディアミドは眠っているから戦力外だ。


(エイヴェリー、聞こえるか? 今から殿下らの所に行く。ネヴェズ公以外この事態を収拾出来る方はいないだろう)


 リーアムの声が頭に響く。


(分かった。それとネイル殿下の側にポポロンがいる。騒ぎが大きくならないように適当に収拾してくれ)

(………………了解)


 リーアムの沈黙から「知らんがな」という心の声が聞こえたような気がするが、そこは無視する。


 エイヴェリーは再び精霊化し誰もいない船底に入る。

 意識を伸ばし、ネイルの部屋を見たが、そこはすでに混迷を極めていた。


「……どういうことだ、……ネヴェズ公」


 寝間着姿のネイルが、自室でネヴェズ公と睨み合っていた。おそらくハーブティーの効果で動きが緩慢になっているのだろう、言葉はゆっくりで、体を斜めに傾けている。彼を支えているのは人間の姿のポポロンだ。

 対峙するネヴェズ公の後ろには三人の保安隊。事態が把握出来ないのか、彼らは動けないようだ。


「さっき言った通りです。この船は帝国に向かいます。あなたも私も帝国の虜囚になるのです」

「止めろ、今すぐ。領事らの企みであろう……」


 ネイルはネヴェズ公を睨みつけていた。だが、ネヴェズ公の口元にはうっすらと微笑みが浮かんでいた。


「貴様の……企み……か……」


 ネイルの言葉に部屋は凍り付いた。

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