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73 扉の向こうの愁嘆場

次の更新は31の予定です。

 給仕係として会場の入ろうとしたエイヴェリーだが、出入り口で仲間の給仕に止められた。


「お前は帝国に行きたいのか?」

「え、旅行で?」


 質問の意図が分からず、エイヴェリーは戸惑った。


「ばか、そうじゃないよ。帝国で働きたいかって聞いてんだよ!」


 給仕はそう言いながら、エイヴェリーの腕をひっぱり廊下の隅へ連れて行った。


「いいか、よく聞け」


 給仕は小声で話し始めた。


「今、会場に入ったらお前は指名される。で、帝国婦人の個室に呼ばれることになるだろう。そうしたら最後だ。お前は帝国婦人の愛人として海に渡ることになる。断る権利はないと思え」

「ええっ」

「お前は狙われているんだ。とにかく会場に入るな。厨房で働くか、休憩室に逃げろ」

「わ、分かった。で、君は?」

「俺はもう売約済みだ」


 給仕仲間は悲しげに言った。


 休むのも気が引けるので、エイヴェリーは厨房に行くことにしたが、途中で呼び止めれた。


「すまん、こっちに来てくれ」


 休憩室から給仕仲間の一人がやって来て、手招きをした。

 エイヴェリーが休憩室に入ると、椅子に座った状態でグッタリしている給仕係と料理人がいた。彼らの頭の上を飛び交っている、白いふわふわしたものは眠りの妖精だ。


(君、彼らにはまだ仕事があるんだ。済まないが起こしてくれないか?)


 さほど霊格の高くない眠りの妖精は、突然現れた精霊エイヴェリーに驚いて姿を隠した。


「大丈夫かい?」


 眠っている男たちに話しかけると、一人は薄く目を開け、もう一人はうなり声をあげた。妖精が去ったものの、ハーブティーの効果が持続しているのだろう。


 緩慢な動きをしていた料理人の頭ががくんと落ちたあと、驚いたような表情で顔を上げた。授業中によくやるやつだ。


「は、あれ? やばい、仕事……」


 料理人はブツブツ言いながら、立ち上がり部屋から出ていった。

 後にはエイヴェリーと給仕係、そして薄目を開けた状態で未だに起きない男が残された。


「こいつはしょうがねえな。部屋に運んでやろう。ほら、立てよ」


 半分覚醒した状態の男を両脇で支えながら、エイヴェリーらは給仕用に用意された寝室に向かった。


「信じられねえよ。まだ仕事中だぜ?」

「みんな疲れてるのかもね。それに船に乗ると気分が悪くなって吐く者もいるらしいじゃないか。眠るくらい大したことじゃないよ」


 初晴時代、クルージングでゲ●大会になった話を聞いたことがある。それに比べれば、今の状態はマシかもしれないと、エイヴェリーは思った。


 寝室は二段ベッドがづらりと並び、仕切りでプライバシーを確保することが出来るようになっている。

 エイヴェリーらは、薄らぼんやりしている男を適当なベッドに寝かせると、お仕着せの上着を脱がせてやった。


「これくらいしてやったら、充分だろ」


 給仕仲間がため息を付きながら言うと、エイヴェリーも同調した。

 追い払ったはずの眠りの妖精が、ふわりと現れてベッドの男の頭の上に乗っかる。


(彼によい眠りを与えてやっておくれ)


 エイヴェリーが心の中で呟くと、白い煙のような妖精はむわんと、膨張した。


(え、吐息もかけてないのに強くなった?!)


 世の中には無闇矢鱈に強くしてはならない妖精がいる。エイヴェリーは、己の失態に動揺した。


「――おい、聞いてるか」


 隣の給仕仲間が、強い口調で話しかけていた。どうやら、聞き逃していたようだ。


「しょうがねえな、お前も休んでな。俺は厨房見てくるわ」

「済まない……」


 エイヴェリーは仲間の気遣いに甘えることにした。

 ベッドの一つに籠もると、仕切りで姿を隠し擬態を解いた。


 精霊と化したエイヴェリーの意識は、すっと鋭敏になる。

 パーティーは完全にお開きになり、客らは銘々の部屋に戻る。中にはティーラウンジらしき場所で、カードを始める客もいるようだ。



「あなた、私、もう休みますわ」

「おいおい、まだ早いじゃないか。カードは好きだろう?」

「ええ、でもなんだかひどく眠たいのよ。それに明日は王都見物でしょ。しっかり休んでおきたいわ」


 カードを断った婦人が侍女と共に退出する。



 エイヴェリーは、アシュリンの部屋に意識を移した。部屋の前でネイルが付き人らしき人物と揉めている。


 どうやら付き人らは、アシュリンの部屋に一緒に入ろうとしているようだ。


「貴様は外で待っていろ」

「しかし、万が一のことがありますと――」

「あら、私の部屋で何があるとおっしゃるのかしら?」


 藤色のブラウスに黒スカートというシンプルスタイルのアシュリンが、面白がるような口調で、主従の会話に割って入る。イタズラを楽しむような笑みを浮かべているが、内心はかなり苛ついているようだ。


 なんとか付き人を、外で待機させ、ネイルは部屋に入る。

 そこにはポポロンがいて、ネイルに対して深々て頭を下げた。身分の低い人間が、高位の者にする挨拶だ。


「ポポロン……」


 ポポロンのただならぬ様子に気付いたのか、ネイルの声は震えている。


「殿下、外に声が漏れぬように気をつけてください」


 アシュリンが小声で言うと、ネイルは無言で頷いた。


 さて、ここからは愁嘆場が始まる予定である。アシュリンとしては、部屋から出たいところだろう。しかし、ネイル王子はアシュリンに会いに来たのだ。あとは二人でごゆっくり、というわけにもいかない。


 幸い貴人用の広い部屋である、アシュリンは仕切りの向こうの寝室に籠もった。



 妖精の目を通して、エイヴェリーは個室の二人を観察することが出来たが、なんだかのぞき見のようでやりづらい。

 エイヴェリーは廊下の付き人に集中することにした。


 ネイルの付き人は、ドアにくっつくようにして聞き耳を立てている。

 部屋の中の声が次第に大きくなっていく。内容が聞き取れなくとも、何か起こっていることは分かるだろう。

 きつめの少年の声と少女の泣き声。

 付き人の顔は険しくなっていった。


 部屋からガタンと音がなる。

 ポポロンの腕を掴もうとして、前のめりになったネイルが、テーブルに強か腰を打ち付けた音だ。


 なんでもない出来事だが、外で待っている付き人は異常事態に素早く反応した。

 ノックをすることなく、ドアノブを回した。


(まずい! ルゥルゥ、ギギ……みんなっ)


 エイヴェリーは妖精たちに素早く指示を出した。

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