71 パーティー会場のトラブル
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エイヴェリーがパーティー会場に着いた時には、アシュリンはすでに席を立っていた。ポポロンはリーアムとリッキーが抱えている。
華やかバイオリンの音が会場に響き渡っていたが、人々の関心は具合を悪くした少女に向けられていた。
エイヴェリーは、客人用の出入り口に向かう一行の方へ急いだ。
「大丈夫ですか?」
給仕係として声をかけたエイヴェリーに、アシュリンも、
「少し酔ったみたいなの」
と何気ない風をよそおう。そして、さっとカードを取り出すとさっとエイヴェリーに渡した。
「予定通りよ」
小さな声でそれだけ言うと、すぐにエイヴェリーから背を向け、眠りながら歩いているかのようなポポロンに寄り添い、会場から去っていった。
ポポロンが心配だが、任せるしかない。
エイヴェリーは、ワゴンを持って客席を回る仕事をした。
ネイルらのテーブルに着いたエイヴェリーは、酒類や炭酸を勧める。
ネイルは給仕が、『虹色』の従業員であることに気がついたようで、軽く目を見張ったが、何も言わなかった。
代わりに、
「ポっ……先ほどの……ご婦人はどうした」
と、不自然に詰まりながら問いただした。
ネヴェズ公に目を付けられるのでは――、とエイヴェリーは心配したが、幸い公爵は新領事や他の客人らと歓談している。
隣にいるディアミドは意味ありげな視線を向けていたが、エイヴェリーは構わずネイルの方を向いた。
「詳しいことは分かりませんが、酔いが回ったそうです」
ポポロンは精霊になれば、すぐに回復するのだ。だからその点では心配はいらないのだが、ネイルに言うわけにはいかない。
「医者は呼んだのか? 部屋はどこだ」
ネイルは怒気をはらんだような声をあげる。大声ではないが、身分の低い者を萎縮させるには充分だ。
哀れなエイヴェリーは王子の怒りに触れ、すっかり怯えきっていた――などと言うことはなく、ただ医者なんか呼ばれたら面倒くさいな、と思うだけだった。
「殿下、あの令嬢にはリーアムが付いています。彼に任せれば間違いないでしょう」
隣の席のディアミドが、朗らかな笑みを湛えながらネイルに声をかける。
しかし、ネイルの表情は冴えない。
「いや、しかし、リーアムは……。その、エリン通りの娘は皆、リーアムに夢中だと聞いたが……」
ネイルは実に言い辛そうに、小さな声で懸念を示した。
ディアミドは可笑しそうにクスクス笑っている。不敬罪になりそうなものだが、この二人の関係性なら問題ないのだろう。
「ご心配なく、アシュリン嬢はすでに恋仲の者がいるようですよ」
ディアミドはそう言いながら、エイヴェリーにさっと視線を送る。
はあ?! 違うしっ、そんなんじゃないしっ
エイヴェリーは心の中で拗ねた中学生のように反論した。それから視線の端に映るネヴェズ公が、こちらの様子を窺っているのに気づいた。ディアミドはネヴェズ公の関心をアシュリンに移すことで、ポポロンの存在を隠そうとしたのだ。
「うむ……、そうか。いや、しかし客人が具合が悪いなら見舞わなくてならんな」
ネイルもネヴェズ公の視線に気がついたのだろう、あくまでパーティー客を心配する体で話を合わせてきた。
「失礼致します。お飲み物はどうされますか?」
「そうだな、シャンパンをくれ」
「なりません、殿下」
いつの間にか、こちらに近づいて来ていたネヴェズ公がすかさずネイルにダメだしをする。
「酒はお控え下さい。ハーブティーを用意しますから、少し落ち着かれてはいかがですかな?」
ネヴェズ公の正論に、エイヴェリーは形容しがたい不快感を持った。主を気づかう風を装いながら、彼の言葉に有無を言わせぬ強い圧を感じたからだ。
相手は十五歳の少年だが、女王の代理である。側近が軽んじたような態度を出すなぞ、もっての外ではないだろうか?
ネヴェズ公への悪印象もあって、エイヴェリーは腹の底から不快感がこみ上げてきた。
「じゃあ、私もハーブティーにしよう。君、頼むよ」
ディアミドが優雅な仕草でエイヴェリーに指示をだす。エイヴェリーは吹き出しそうになるのを堪えながら、ハーブティーの準備をする。
パーティーで出されているハーブティーは、カモミールといくつかの薬草を混ぜたブレンドティーである。
ティーポットに茶葉を入れて、お湯を注ぐとふんわりとした甘い香りが鼻腔をくすぐる。
香りだけではない。お湯でほぐされて広がる茶葉から、淡い光たちが現れては消える。
生まれては去っていく核のない妖精たちを、海からやって来た金粒妖精たちが興味深げに眺めている。
『…………』
『…………』
『…………』
金粒たちは、エイヴェリーの一挙一動が気になって仕方ないようだ。
彼らと遊びたい気持ちを抑えながら、エイヴェリーはハーブティーを淹れた。
そしてネイルにお茶を渡す際、ソーサーの下にそっとカードを置いた。
カードの内容に動揺したネイルは、エイヴェリーの方を見る。
王子の視線に気がつかないふりをしながら、エイヴェリーはネヴェズ公と新領事らにラナンシ産ウイスキーを用意した。
「――いやあ、実にいい。まさに命の水ですなあ」
「――これは量産すべきですなあ。人手不足? 帝都の外にいる食い詰め者でも使えばいいのですよ」
「――賃金などいりませんよ、あの連中に」
ネヴェズ公の周りの帝国人がドッと笑う。
奴隷扱いに近しい人たちを大量にラナンシに入れようと言うのだ。
エイヴェリーは帝国人たちの非人道的な言動を聞くにつれ、かの国の支配下に入ったラナンシの未来の惨憺たる有様が見えるようで、気持ちが滅入った。
給仕を終えたエイヴェリーは、会場で別のテーブルの注文をとっていた。
「お酒はもういいのよ、コーヒーが欲しいわ」
「ホットチョコレートはほんとにないの? パーティーなのに」
ないと分かれば、余計に欲しくなるのが人情と言うものだろう。
エイヴェリーは、コーヒーを、チョコレートを、紅茶を、と言う客らを宥めながら、ジュースや炭酸を勧めていった。
『エイヴェリー、聞こえる? ちょっと、おかしなことになってるのよ』
アシュリンの声が頭に響く、エイヴェリーは酒のボトルを持ってくるふりをして会場を後にした。




