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70 帝都と島国

2023.2.22 海軍の説明を直しました。

「凄まじい……ですか?」


 エイヴェリーは戸惑いながら、聞き返した。


「あそこじゃ、一分の隙も見せちゃいけない。主も我々、従者もだ」

「なにかで失敗したら、即追放。帝都民の資格は剥奪さ」

「細かいルールを逐一覚えなきゃいけないの。私みたいなラナンシ人には苦痛だわ」

「あら昔っからの帝都民だって、大変よ。古い知人がいつの間にかいなくなるの。自分もそうなるかもしれないって思うと怖いわ」


 口が軽くなった帝国の従者らは好き勝手にお喋りを始めた。一方のラナンシ側の人間は彼らの話す「帝都の凄まじさ」に圧倒されたように沈黙している。


「私はね、暇を貰っていずれはラナンシに帰ろうとおもってるんだ」


 シルバーブルーの髪の男性が、かみ締めるような口調で言う。

 よい屋敷に務めている上級使用人らしいパリッとした人物だが、その声色には疲れを滲んでいるように、エイヴェリーは感じた。


「ああ、またそんなこと言って。ダメよ。帝都の居住権を簡単に捨てるもんじゃないわ」


 そう言って、生粋の帝都民であることが自慢の女性が諫めると、さっきまで帝都のおそろしさを語っていた面々が「そうだ、そうだ」と口々に同調する。


 彼らの帝都への想いは、かなり複雑なようだ。


「そりゃあね、ラナンシはいいところよ。なんだか空気がいいの。本当に妖精がいるような気がするくらいよ」


「でもね」と続ける女性の両肩に、ルゥルゥとギギがいる。エイヴェリーは吹き出しそうになるのをぐっと堪えた。


「ラナンシが今の状態でいられるのは、そう長くないでしょ。女王陛下にもしものことがあったら、結界は消えるんだから――」


 そこで言葉を止めて、女性は部屋にいるラナンシ人たちを見る。


「嫌なことを言って、ごめんなさいね。でも結界がなかったらどうやってラナンシは国を守るの? 帝国どころか海賊にも勝てないでしょうね」


 彼女の言葉は、残念ながら事実である。

 ラナンシにはまともな海軍がないのだ。結界を失う日が来ることを見越して海軍を見直す話もあったようだが人材も物資もない。

 以前、()()()()()()が多い群島の一部から、軍事指導を受けようとしたが、帝国の横やりがあって頓挫したらしい。

 そして群島が帝国の支配下に入ってからは、ラナンシが同盟を組める相手はいなくなってしまった。


 帝国に攻められなくとも海賊にやられる。そうなれば、帝国の助力を得なければならなくなる。ラナンシは独立性を失うだろう。


「だって、その……税金が少し高くなるだけでしょ?」


 藍色の髪のラナンシ人が、不安げに呟く。

 さっきまで賑やかに喋っていた者たちは一様に口を開かず、部屋には重苦しい静寂が訪れた。


「さあ……、政治のことを決めるのは我々じゃないからなあ」


 沈黙に耐えかねたのか、茶色い髪の帝国人が申し訳なさそうに答える。


 エイヴェリーはアシュリンとの会話を思い出していた。

 徴兵、土地と財産の没収、高い税金、三等国民扱い――。


「僕は野蛮人たちに文明をもたらすのは、帝国の使命だと思っている。でもラナンシは群島の海賊連中とは違うんだ。人は優しいし、素晴らしい文化もある。この独自性は守られるべきだ」

「うちの旦那様もラナンシがお気に入りだから、お偉いさんも無闇なことはなさらないんじゃないかな」


 野蛮だが魅力的な文化だから特別に保護してやろう――帝国人たちの悪気のない会話の中に潜む傲慢さに、エイヴェリーは鼻白んだ。

 しかし、部屋にいるラナンシ人たちは、帝国人の言葉に安堵したようだ。

 部屋の空気が柔らかくなり、金の粒のような妖精たちもきらきらと踊り出す。


 きっとラナンシ人というのは、生来楽観的なのだろう。愉快なこと、楽しいことに意識を向けることはことは出来るが、厳しい未来を見据え事前に対策を立てるようなことは苦手なのだ。

 エイヴェリーは、すっかり穏やかさを取り戻したラナンシ人たちを見ながら、そんなことを考えていた。


「やっぱり、もう少しくらいはコーヒーがほしいねえ」

「では厨房の方に聞いてみましょう」

「ああ、ハーブティーだけは勘弁してくれよ」


 エイヴェリーは廊下を歩きながら、パーティー会場に意識を飛ばそうとしたが、途中で給仕仲間と会ってしまい、いつもにようにはいかなかった。


「今、休憩をとってるんだ、お前も来ないか?」


 どうやらパーティー会場の方は落ち着き、給仕たちは少人数ずつ休んでいるようだ。


「別の部屋に飲み物を運ばなくちゃいけないんだ。コーヒーが欲しくてね」


 エイヴェリーが答えると、給仕仲間は顔をしかめる。


「コーヒーは無理かもしれないなあ。さっきもパーティー会場の方が足りないって揉めてたから」

「この船にないなら、ラナンシ中探してもないだろうね」

「休憩室にもハーブティーしかないんだ。もうコーヒーなんて飲めないのかもしれないなあ……」


 仲間の言っているのは、この休憩中の話ではなく、今後のことだ。

 チョコレート、コーヒー――、ラナンシ国内から嗜好品が消えていく。贅沢しなければよい、と言えばそれまでだが、ラナンシ人はすっかりこれらの嗜好品に慣らされてしまっているのだ。


 この先を考えると憂鬱だが、今は仕事に集中しなければならない。

 エイヴェリーは厨房に行ったが、やはりコーヒーはなかった。仕方なく炭酸水とジュース類を用意して、部屋に持って行く。


 使用人たちはコーヒーがないことには落胆したが、状況をよく理解していたので苦情はなかった。


「まあ、今日のパーティーは真夜中までかからんだろうから、主の面倒を見て、あとは寝るだけさ」

「そ、目の覚めるコーヒーは不要だ」

「さっさと寝て、明日はエリン通りで買い物をしようぜ」


 明け方まで飲み食いをして騒ぐのが帝国人式パーティーである。しかし、今回は夜の九時にはお開きとなる。

 船内に酒類を提供するようなバーもないので、あとは部屋で銘々、好きに過ごすことになる。

 エイヴェリーらは、この時間を利用してポポロンとネイルを会わせるつもりでいるのだ。




 使用人部屋の給仕を終えたエイヴェリー、急ぎパーティー会場に向かう。

 途中、脳裏に映像が浮かんできた。


『ねえ、ポポロンどうしたの』


 アシュリンがポポロンの背中を優しく触りながら訊ねている。俯くポポロンの周りには、彼女の妖精たちと金粒妖精たちが、忙しなげに飛び交っていた。


『アシュリン、どうした。ポポロンの具合が悪いのかい』

『分からないわ。気がついたら、グッタリしてて』


 エイヴェリーは妖精の目を通じて、ポポロンの様子を見やる。

 呼吸には乱れがなく、顔色もよい。なんだか急に眠気に襲われたかのようだ。


(まさか、精霊が食べちゃいけない物でもあったのか?)


 エイヴェリーはパーティー会場に急ぐ。

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