69 従者たちのパーティー
次は24日の更新予定です。
『あんた、給仕の分際で馬鹿みたいに目立ってんじゃないわよ』
精霊を通してアシュリンに罵倒されながら、エイヴェリーは酒のボトルを会場まで運ぶ地味な仕事をしていた。
『なんでさ、普通にしてただけだよ?』
エイヴェリーは納得がいかない。
『表情が豊かすぎるの。給仕のくせに存在感が強すぎなのよ』
『え、いや、そんなこと言われても……』
理不尽な指摘に戸惑うエイヴェリーだったが、裏方の仕事はいくらでもある。のんびりとアシュリンと話しているわけにもいかず、エイヴェリーは厨房、酒蔵、パーティー会場を行き来することになった。
会場からの伝言を届けに厨房に戻ると、身なりのいい女性が料理人と何か話していた。パーティー客のような派手な装いではないが、洗練された衣装を身につけている。帝国婦人に違いないと、エイヴェリーは見当をつけた。
「お手間はおかけしませんわ。お湯を頂ければこちらで動きますので」
「ああ、すいませんね。ええっと、おい、おま……あんた」
身のこなしが優雅すぎる給仕を、どう扱っていいのか分からないらしい料理人が、エイヴェリーを呼んだ。
「こちらの方の部屋にお湯と菓子を届けてくれ」
「個室ですか?」
エイヴェリーが女性を見ながら訊ねると、女性はそっと目を伏せる。ぶしつけな視線だったのかもしれないと、エイヴェリーは反省した。
「いや、もう一つ、広い部屋があって、そこもお客がいるのさ。だけど思いのほか、パーティー会場の方に人がとられたんで、回らないんだよ。あっちは王子様もいらっしゃるからなあ」
どうやら、パーティー客の付き人が待機する部屋の接待が疎かになっているらしい。
「あんた、そっちの部屋を担当してくれ」
「かしこまりました」
エイヴェリーは内心の戸惑いを顔に出さずに、返事をした。
「必要なのは、お湯だけですか? 茶葉は足りていますか?」
「そうですね……。コーヒーや炭酸水なども必要かもしれません」
「分かりました。それでは、部屋の方で注文を承ります」
エイヴェリーは待機ルームに向かいながら、アシュリンに連絡する。
『ゴメン、使用人の部屋の担当になっちゃった』
『はああ?! この、クソバカ』
案の定、罵倒された。
エイヴェリーは、キャスター付きのワゴンにコーヒー、炭酸水、ジュース、お湯を乗せて、女性とともに部屋に向かう。
途中、妙に気配を感じた。恐らくパーティー客の侍女であろう女性が、エイヴェリーのすぐ後ろを密着するように歩いているのだ。
パーティー会場は広々としていたが、所詮は船内である。廊下の狭さも手伝って、エイヴェリーは息苦しさを感じた。
近い、近すぎる。いや、自分の歩みが遅いせいだろうか……。
エイヴェリーが戸惑っていると、女性が話し始めた。
「ねえ、あなた、ラナンシの方?」
「はい、私はラナンシ人です。給仕は皆、ラナンシ人ですね。料理長は帝国の方らしいですけど」
なんとなく場が持たないので、エイヴェリーは聞かれてもいないこともベラベラと喋った。
「私は帝国から来たの。帝都に住んでるのよ」
女性が得意げに話す。帝都に居住していることの特権をすでに理解しているエイヴェリーは、素直に感心した。
「それは、素晴らしいですね。帝国の人でも、帝都に住むのは難しいと聞いております」
「ふふ、私は三代帝都民なの。祖父は前の皇帝の時代も知っているのよ」
エイヴェリーが関心を示したことに気を良くしたらしい女性は、さらに話を続けたかったようだが、部屋の前まで来てしまった。女性が漏らした小さな舌打ちの音を、エイヴェリーは聞かなかったことにした。
ノックをして中に入ると、明るい空気がワッとエイヴェリーを包んだ。
広々とした室内を、いくつものランタンが明るく照らしている。
ここにも小さな金の妖精たちが入り込んでいて、エイヴェリーは実際以上に明るく感じた。
部屋の真ん中には、白いクロスを敷いた、大きなダイニングテーブルがある。そこにはサンドイッチやビスケット、ソーセージ、ハム、魚介のピラフなどが並んでいた。どうやらこの部屋は、料理を好きにとって楽しむセルフサービス形式のようだ。
「ああ、良かった。忘れられたのかと思ったよ」
エイヴェリーより年上らしい男性が陽気に声をかけてきた。漆黒の肌に短く刈り上げたシルバーブルーの髪、オレンジの瞳。分かりやすいラナンシ人の特徴を持っていた。
「失礼致しました。ご注文を承ります」
エイヴェリーの言葉に、すかさず「シャンパン」「ウイスキー」「ビール」などという、声があがる。もちろん、主持ちの彼らは酒なぞ飲めない。
「はいはい。海に沈みたい奴だけ、飲んでちょうだいね」
さっきまでエイヴェリーと話していた女性が、室内の人々を窘める。
「ああ、炭酸でいいよ。シャンパンだって思えば酔えるかもしれないからな」
「紅茶はもう飽きたよ。コーヒーにしてくれ」
「私もコーヒー。紅茶もハーブティーも嫌」
エイヴェリーは持ってきたコーヒーをカップに注ぐ。どうやらお茶類は人気が無いようで皆、コーヒーを飲みたがるので、あっという間にコーヒーはなくなってしまった。
「なんだいコーヒーはもうないのかよ」
「だからって、ハーブティーは勘弁だよなあ」
「ああ、ホットチョコレートが飲みたいよ」
「仕方がないね、蛮族どもが暴れるんだからさあ」
カカオだけではない。コーヒー豆も海賊や山賊の被害にあって高騰しているのだ。
エイヴェリーとしては、農民の反乱と盗賊行為を、同じように野蛮扱いすることに違和感がある。しかし、立場上口を挟むこともできない。
「給仕さん、あんたラナンシ人なら『虹色』を知ってるかい?」
お茶の準備をしているエイヴェリーに、先ほどの陽気な男性が話しかけてきた。
話によると、彼は帝都で貴族に仕えるラナンシ人らしい。
「主のおかげで久々にラナンシに帰って来れたんだが、『虹色』って菓子屋が有名らしいじゃないか。あれが楽しみでね」
「私もその店に絶対に行くつもりよ。ラナンシの高級店って前は帝国の輸入品や物真似ばっかりだったけど、今は結構面白い店があるからね」
最初に厨房に来た女性が会話に入ってきた。
女性は主人の仕事の都合で頻繁に帝都とラナンシを行き来しているらしい。来る度に景色が変わる王都キーアンと帝都の比較は、聞いていて楽しく勉強になる。
しかし、女性が近すぎて、お茶の用意がしづらいのは、なんとかならないものかとエイヴェリーは考えていた。
「私はキーアン以外の土地はほとんど分からないんです。帝都はやはり素晴らしいところなんですか?」
この前、やっとキーアン以外の地に足を伸ばしエイヴェリーが主持ちたちに訊ねた。
てっきり帝都を知る者たちから、威勢のいい話を聞けるのだと思っていたが、誰も口を開かない。
彼らは互いの顔を見合わせながら、誰かが口火を切るのを慎重に待っているように見えた。
やがて口を開いたのは、漆黒の肌にシルバーブルーの髪の男だ。
「あそこはねえ……。素晴らしいというより凄まじい所さ」




