66 ポポロンの決意
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アシュリンが長椅子にポポロンを誘う。
まるで操り人形のようにぎこちない動きをしながら、ポポロンが座る。その隣に座ったアシュリンは、憔悴しきった友を支えるように寄り添っていた。
「帰るんだね」
「はい」
ポポロンはエイヴェリーを見つめながら、はっきりと返事をした。
守れなかった――。
脳裏に浮かんだこの言葉の傲慢さにエイヴェリーは即座に気づいた。
(私はどこかでポポロンの言動をコントロール出来るのだと思っていたんだ。ゲームみたいに)
ポポロンの隣に座っているアシュリンも、厳しい表情をしている。
アシュリンもエイヴェリーも、ポポロンを見ているようで見ていなかった。
いつも一緒にいるメェリィにとっては、ポポロンは大切な精霊の姫だ。
精霊でもゲームヒロインでもない少女ポポロン。
曇りのない目でポポロンを見つめることができたのはネイルだけだったのかもしれない。
「ネイルと一緒に居たかった……。あの人の助けになりたかった。……でも難しい……から……、一緒に居られないなら……、辛いだけだから……。私、妖精界に帰ります」
ポポロンの大きな瞳から、涙がポタポタと零れる。
「帰ったら、お母様にお薬を貰ってネイルのことを忘れます……」
「そんなことが、出来るのかい?」
「はい……」
震える声でポポロンは返事をした。ただ帰るだけではない、記憶さえ捨てようとしているのだ。
「ねえ、忘れてもいいの? あなたにとって大切な思い出でしょ」
アシュリンが、ゆっくりと確認するように問う。
「だって……仕方ないじゃないですか。思い出すのも辛いから……、忘れた……方がいい……」
絞り出すような声でそこまで喋ったポポロンは、他にも何か言おうとしたが言葉にならず、ひたすら嗚咽している。
隣に座ったアシュリンがポポロンの手を握る。
「こんなに……苦しいなら……、最初から……、最初から出会わなかったら良かった……。ネイル……」
ネイル……。
消え入りそうな細い声で、ポポロンはもう一度、ネイルの名を呼んだ。
「私、知らなかったんです。好きにも、いろいろあって、エイヴさんやアシュリンも、おばあちゃんたちも好きだけど、ネイルは違うんです。ネイルは好きだけど、辛くて……。でも、特別なんです。ネイルのそばだけ明るくて、世界が止まってるのにネイルだけが動いてて、他の音は聞こえないのにネイルの声だけが聞こえるんです。こんな気持ち、初めてで、訳が分からなくて――」
ポポロンはそこで言葉を止めて、再び涙を流し始めた。
誰も言葉を発しない。
いつ何時も、やかましく騒ぐことを止めない妖精たちでさえ、息を潜めるように押し黙っている。
ポポロンの嗚咽以外、何も聞こえない室内で、ただ時間だけが流れていた。
「いつ、帰るんだい?」
エイヴェリーが口を開く。
引き止めたい気持ちはあったが、それはポポロンの苦しみを長引かせるだけだ。
「エリン通りの皆さんにちゃんとお別れの挨拶をしたいです。それからネイルにサヨナラを……言いたくて……」
気丈に淡々と話すポポロンだったが、最後の方は声が震えていた。
「分かった。ネイル王子に会えるかどうか考えてみよう。ただ軽率な行動は慎んでほしい。王宮には女王がいる」
「はい。闇が妖精を食べるかもしれないんですね」
だいたい軽率な行動しかしていないエイヴェリーの忠告を、ポポロンは素直に聞いた。
次の日には『ポポロンの総菜屋』はいつもどおり開店し、店主のポポロンは何かが吹っ切れたように明るい笑顔で道行く人に挨拶していた。
そして幸か不幸か、王宮に行くことも、女王に鉢合わせることなく、ネイルに会うチャンスが巡ってきた。
「船上パーティー……ですか」
初めて聞く言葉だったのだろう、ポポロンはポカンとしている。
「新しい帝国の領事が来るんだよ。それでネヴェズ公がね、船上パーティーを企画したのさ」
エイヴェリーはポポロンに説明した。しかしエイヴェリー自身も、船上パーティーがどんなものかは分かっていない。
総菜屋の二階でポポロンとアシュリン、エイヴェリーの三人は、夕食をとりながらとある計画について話しあっていた。
「ええっと、船って魚を釣ったりするんですよね」
「いやいや、そういう漁船じゃなくて、人を運ぶための船なんだ。特にパーティーに使う船は、お金持ちを乗せる目的で作られてるんだ」
帝国製の大型客船は、建国二百年を記念して作られたばかりのものだ。船上パーティーは、この船の初仕事となる。
「そのパーティーにね、女王陛下が来られるはずだったんだけど……」
エイヴェリーが父オーウェンから、女王が体調不良のため公務に出なくなったと知らされたのは、数日前のことだ。
もうすぐ国民にも発表される予定だ。
本来なら女王の不調などはトップシークレットなのだが、建国二百年の今年は、あらゆるイベントで女王も出突っ張りだ。その女王が突然、姿を現さなくなったとなれば国内に動揺が走ることは必須である。国としても民に知らせないわけにはいかないのだ。
「で、当分は女王の公務をネイル王子が代行することになったんだよ。船上なら女王の力に触れずに王子に会えると思うんだ」
エイヴェリーの説明に、ポポロンは首をかしげる。
「あの、でも、その船って偉い人が乗る船ですよね? 私はどうやって乗るんですか? あ、忍び込むとか……」
ポポロンは精霊だが、エイヴェリーほど自在に人間と精霊の力を使いわけることはではない。
「いや、君には堂々と入ってもらいたいんだ」
「私と一緒に来ればいいのよ。あなた、私の侍女になるの」
「え、ええっと……」
エイヴェリーとアシュリンの言葉に、ポポロンは理解が追いつかなかったのだろう。
ただひたすら戸惑っていた。
「私、あの……侍女のお仕事なんて知らないんですけど」
「大丈夫よ、私のそばにいるだけでいいから」
『そうとなれば特訓ですぞっ、ポポロン様! わたくしめが、上級使用人の心得をしっかりとお教えします。大丈夫、大船に乗ったつもりでお任せ下さい』
何故か、やたらとはりきるメェリィの勢いに押された形で、ポポロンは「行きます」と返事をしたのだ。




