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65 ポポロンの苦しみ

 メェリィは妖精の国から来た少女ポポロンの執事である。他の妖精と違い、人の言葉を巧みに操ることが出来る。


「総菜屋は今が忙しい時だろう、大丈夫なのかい?」

『はあ、いえ、それがポポロン様は体調を崩されまして、店は休店となりました』

「ええ? 大丈夫なのかい?」

『はい、今、お医者様に様子を見ていただいている所です』


 メェリィによると、疲労からくる風邪だろうと言う。そもそもポポロンは精霊だ。擬態を解けばすぐに回復するのだが。


「私、様子を見てくるわ。多分、近所の人が看病してるから精霊になれないんでしょうね」


 アシュリンは素早く立ち上がった。


『おみまい』

『おみまい』

『あそぶ、あそぶ』

「ダメだ。騒ぐんじゃない」


 状況をややこしくしそうな妖精たちをエイヴェリーが引き止めると、アシュリンは隣家に向かった。


『ポポロンと、あそぶ』

『エイヴェリー、いじわる』

『けちんぼ』

『わるい、せいれい』

『ギギギギ』


「メェリィ、お茶を飲むかい。マカロンもあるよ」


 うるさい妖精たちを無人して、エイヴェリーはメェリィに声をかける。


『はあ、あの……、頂きます』


 メェリィはいつになく、歯切れの悪い受け答えをした。


「ねえ、何があったのかな?」

『そうですね、あのう……』


 マカロンを見つめながら、メェリィが言い淀む。


『あの、いつだったか、エイヴェリー様はおっしゃいましたよね? 危ないと判断したら、ポポロン様を妖精の国に連れ帰るようにと――』


 その時が来たとメェリィは判断したのだ。

 エイヴェリー自身、もしも帰るなら今がいいだろうと、考えていた。これ以上滞在が長引けば、ラナンシの人間に愛着が湧きすぎて、去りがたくなるだろう。


「今、この国には帝国の圧力がかかっている。そして宮廷を牛耳るネヴェズ公は、帝国の言いなりだ。この国は、いずれ妖精の暮らしにくい世界になるだろうね」

『え、そうなんですか? いや、わたくしが心配しておりますのは、あのう……』


 メェリィは実に言い辛そうに、言葉を探している。


「もしかして、ネイル王子のことかい?」

『はい、はい、そうなんです。それでございますよ』


 我が意を得たとばかりに、メェリィは饒舌になった。


 メェリィは、ネイルとポポロンが頻繁に逢瀬を重ねている様子を事細かく話してくれた。もちろん、直接会う頻度は多くはない。二人の交流は主に手紙によるものだ。

 エイヴェリーもアシュリンも、年末のデートイベントのことばかり警戒していた。手紙は盲点だった。


『ネイル王子の手紙には、「必ず君を王宮に迎える」と、書いてあったのです。それなのに――』


 その手紙を最後に、ネイルからの連絡は途絶えた。

 そもそも「王宮に迎える」とは、うちに遊びに来てね、という意味ではない。ポポロンとメェリィは、そのあたりを理解しているのだろうか。


「最後に手紙が来たのはいつだい?」

『ええっとですね、確か、例の大捕物の少し前ですよ』

「帝国の領事が逃げ出した事件(やつ)のことかい?」

『はい、そうでございますっ』


 帝国の領事は群島の海賊と手を組み、ラナンシを利用して盗品のロンダリングをしていた。ことが露見した直後、保安隊は大きく変わった。ディアミドは第一隊の隊長のままだが、リーアムは左遷されて平隊員になったのだ。


「すまない、ポポロンの悩みに気が付いていなかったよ。ずっと隣にいたのに……」

『そんな、エイヴェリー様になんの落ち度もございませんよ』


 メェリィはそう言うが、当時のエイヴェリーはリーアムのことで頭がいっぱいで、周りに気を配る余裕はなかった。

 自分が脳内お花畑で踊り狂っていた頃、ポポロンが誰にも言えない苦しみを抱えていたことを思うと胸が痛い。


『いえ、悪いのはわたくしでございます。苦しむポポロン様を見かねて、妖精界に帰るようにと何度も進言したのがいけませんでした』


 妖精界へ帰ることを進めたことが、かえってポポロンを追い詰める結果になったのだとメェリィは考えているようだ。


『何故でしょう? ポポロン様はあんなに苦しんでいるのに、何故、妖精界に帰るのを拒まれるのでしょうか?』


 メェリィは悲しげに言うと、自分の体の半分ほどの大きさカップを持ち上げ、ズズッとお茶を啜る。


「そうだね……。人間は楽しいことや愉快なことより、苦しいことを選ぶことがあるんだよ」

『何故ですか?! 何故わざわざ苦しみを選ぶのですか』

「こういうことは人によって違うからね。簡単には説明出来ないけど、ポポロンはネイル王子のいない場所で楽しく愉快に生きるより、彼のいる世界で、苦しみや悲しみを共にしたいのかもしれないね」


 今のポポロンは精霊というより、人間に近い思考をしているのかもしれない。



「ポポロンを連れて来たわよ」


 いつの間にか部屋に入ったきたアシュリンの後ろには茶色い髪に茶色い瞳のポポロンがいた。うつむき疲れ切ったような暗い表情は、とても精霊には見えなかった。


「あの……私……、妖精界に帰ります」

「ポポロン?!」


 エイヴェリーは衝撃を受けたが、アシュリンの表情は変わらない。おそらく既に知っているのだろう。


「でも……最後のご挨拶がしたいんです。最後に一度だけ、ネイルに会いたい」


 顔を上げ、エイヴェリーを見つめるポポロンの瞳には強い光が宿っていた。だが妖精の輝きではない。


 人間だ。

 人間の持つ光だ――。


 エイヴェリーはポポロンから、人の生気を強く感じた。

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