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62 夜の散歩と泥棒騒ぎ

次回更新は10日の予定です。

(過去でも嫌。リーアムに恋人がいたなんて、そんなの……)


 馬鹿げている。

 エイヴェリーは、自身の頭にもたげた言葉を否定する。


 正直、自分がこんなに嫉妬深くなるなんて思いもしなかった。


(精霊が嫉妬深くなると、どうなるんだろう? もしかして精霊になれなくなるとか?)


 エイヴェリーはサッと精霊になる。酔いは醒め、心は軽くなる。

 ホッとしたのもつかの間、リーアムのことを考えると胸が締め付けられるように切なくなる。

 人間としても、精霊としても、リーアムに対して変わらぬ思いを抱いていることが、果たしてよいことなのか、エイヴェリーには分からなかった。



『エイヴェリー』

『エイヴェリー……』

『………………』

『エイヴェリー』

『…………』


 エイヴェリーの周りで妖精たちが踊り出す。

 形のないもの、喋るもの、核さえない輝きにすぎないもの。

 もちろんルゥルゥたちも、はしゃいでいる。


『みんな、外に出て踊ろう』


 エイヴェリーはさっとベッドから抜け出して、部屋の外に飛び出した。可視化された妖精たちは興奮している。

 エイヴェリーは、手当たり次第、彼らに吐息をかけ、名前を与えた。次々姿を得て喋り出す妖精たち。


『ねえ、君たちはリーアムを知ってるかい?』

『しってるー』

『しってるー』

『だあいすき』

『……しらない……』

『だれ?』


 生まれたばかりの妖精たちはリーアムを知らないようだ。


『とてもよい人間だ。私たち、妖精の友だちだからね』


 妖精たち話しているうちに、エイヴェリーは嫉心(しっしん)から解放されていった。


 エイヴェリーは、畑という畑、家という家を飛び交い妖精たちと踊った。

 人間は眠っているが、動物はそうではない。犬や猫、それに家畜の中にも反応するものたちがいる。彼らが騒ぎ過ぎないうちに、人家からは離れた方がいいだろう。



『あっち、リーアムのともだち、いる』


 妖精たちが、エイヴェリーを森へ(いざな)う。

 エイヴェリーが森へ入ると木の幹やうろ、枯れ葉の中から大小様々な光が飛び出してきた。色は白っぽい。森に住む夜の妖精たちなのだろう。


『こんにちは。私はエイヴェリー』

『エイヴェリー』

『エイヴェ……』


 視覚化された妖精たちに驚いて、夜行性の動物たちが騒ぎ始めた。妖精に遭遇した動物の反応は、威嚇するもの、はしゃぐもの、獲物として狙うもの、逃げ出すものとマチマチだ。

 野鳥に一団がワッと舞い上がった。


 これは人間たちに気がつかれてしまうかもしれない。エイヴェリーは森からも立ち去ることにした。


『ばいばい、エイヴェリー』

『また、あそぼうね』


 エイヴェリーは朽ちた砦を越えて、海を目指す。


『ねえ、エイヴェリー、うみがキラキラしてるよ』


 ルゥルゥが海を見て言った。

 月に照らされた波間が金色に輝いているが、それだけではない。無数の妖精たちがいるのだ。

 核のないものたちは、生まれてすぐに海に溶けるように消えていく。

 海の妖精たちは小さく金色だった。エイヴェリーやルゥルゥら、陸から遊びに来た妖精たちにまとわりつく。

 エイヴェリーが吐息を吹き掛けると、海の妖精たちは一斉に喋り始めた。


『こんにちは』

『こんにちは』

『どこから、きたの』

『ずっと向こうの陸の、さらに向こうから来たんだ』


 エイヴェリーが答えると、海の妖精たちはさらに強く輝いた。


『すごい』

『すごい』

『あそぼう、あそぼう』


「うわっ、なんだこりゃ。おい、カカア、カカア、海が光ってるぞ!」


 ふいに、エイヴェリーの脳裏に人間の声が響く。

 妖精の目を通して、浜辺の様子が伝わってきたのだ。


 エイヴェリーは可視化を止めて、自身は海に入る。水中の妖精たちが寄ってきたが、浜辺の様子に集中していた。

 どうやら、早起きの漁師が海の異変に気がついたようだ。


「なんでもないじゃないか、この馬鹿たれっ」


 女房らしき女が、夫を叱り飛ばす。


「いやあ、さっきは海が光っててよう。あと人が飛んでたんだ。ありゃ、おめえ、妖精かもしれんぞ」


 ばっちり見られてしまったようだ。


「あんた、まだ酒が抜けないのかい? 妖精が見えるんなら、王都に行って女王様にでもなるんだね」


 幸い女房は、夫の話を真面目に取り合わず家の中に入ってしまった。


「ああ、ちょっと早く起きすぎたんだな……寝よ……」


 漁師はボソリと呟き、家の中に入って行った。


 エイヴェリーは慌てて、サイモンの屋敷に帰り、ベッドに入って、人間らしく眠りについた。




 エイヴェリーが目覚めた時には、日は既に高くなっていた。当然、屋敷の人間は皆、起きていた。


「いや、いや、昨日は大変な騒ぎになってしまいまして、済みませんでした」


 寝坊を詫びるエイヴェリーに対して、サイモンは昨日の村人たちの無作法を詫びた。


「王都のお菓子というのは素晴らしいものですねえ。やはり女王様のお膝元だからでしょうか、お菓子が輝いているように見えました」

「はあ、そうですか……。お褒めにあずかり……、あの、恐縮です」


 エイヴェリーは動揺のあまり、しどろもどろの返事をした。


「なんだか、いつもより村全体が輝いているように見えるなんて、妻や子どもが行ってましてね。いや、田舎者の戯れ言ですよ」

「へえ、そうなんですか。いや、美しい村ですから、輝いて見えるのも不思議じゃないですよ……ねえ」

「海の方では大漁らしくて、朝から大騒ぎですよ」

「それは良かったですねえ……」


 エイヴェリーは逃げ出したい気持ちをグッと堪えた。村と海の妖精に軽く挨拶したつもりだったが、どうやらはしゃぎすぎたようだ。


 しかし、この訪問は成功だった。サイモンは今ある耕作地と耕作放棄地を利用して、『虹色』に卸す小麦の生産を約束してくれた。

 気候に恵まれた肥沃な大地に、エイヴェリーによって力を与えられた妖精たち。

 来年の夏には良質の小麦が手に入ることが、確実だ。




「今度は、もっとゆっくりしてくださいね」


 サイモンの妻が陽気に笑いながら言った。


 帰りはサイモンが操る丈夫な荷馬車で帰ることになった。積み荷はレルタ村と漁村からの土産でいっぱいになっている。肉と魚の燻製、野菜、果物のジャム、キノコと野菜の塩漬け、狼とウサギの毛皮――。


「あの……、なんだか、貰いすぎのような気がするんですけど……。お菓子も足りなかったし……」


 エイヴェリーは、隣に座るサイモンに遠慮がちに言った。荷馬車の中の物品は土産だけではなく、行く先々の宿や食事処に卸すようだが、それにしても多すぎる。帰省した息子みたいな扱いである。


「いやあ、久々のお客さんで皆うれしかったんですよ。それにリーアムの話も聞けましたしねえ」

「しかし、どれも売り物にすれば相当な額になるものじゃありませんか?」

「え、そうですか? 田舎の土産なんで恥ずかしい物しかありませんよ。」

「皆さん、無欲ですねえ」


 いや、欲がなさすぎる。


 夕方、宿に着いた二人は、軽い食事をして眠りにつくことにした。サイモンは宿屋の主人にジャムや肉、野菜にキノコを渡す。なんとそれが宿代であった。


「サイモンさん、あの……」


 宿の主人とサイモンがボソボソ声で喋っている。


「どうしました? サイモンさん」


 浮かない顔で帰ってきたサイモンに、エイヴェリーは声をかけた。


「はあ、それがですね――」


 話によると、昨日の夜、宿泊客の荷物や馬が盗まれる事件が発生したらしい。


「物騒ですね」

「私も初めて聞きました。ここいらを行き交うのはだいたい知った顔ですから、盗みなんてだいそれたことをする人間がいるとは思えないんですがねえ」


 宿屋では見張りを雇って寝ずの番をするらしい。エイヴェリーはそれを聞いて主人に銀貨を渡した。



 その日の夜、妖精たちの目を通して荷馬車の周りを見張っていたエイヴェリーは、不審な男に遭遇した。

 素早く妖精たちを可視化させると、男は悲鳴を上げ、居眠りをしていた見張りはその声に驚いて目を覚ました。


「ど、泥棒……」


 潰れたような声で叫んだだけで、見張りは宿屋の中に入ってしまった。

 エイヴェリーは銀貨は高すぎたなと、内心舌打ちしながら、精霊化して二階の窓から降りた。

 そして擬態に戻ると、不審な男を腕を捻りうつ伏せに倒した。宿屋から出てきた主人たちが、男を縛りあげて馬小屋に放り込んだ。


「旦那様、何から何まですいませんでした」


 宿屋の主人はペコペコと、エイヴェリーに頭を下げた。


「構いませんよ。ところであの男は知っている人間でしたか?」

「いやあ、見たことないですなあ。どうせ王都のごろつきでしょう――」


 そこまで喋って、エイヴェリーが王都の人間だと言うことを思い出した主人は、ばつが悪そうに押し黙った。

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