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61 エイヴェリー、悶々とする

 エイヴェリーは王都でのリーアムの活躍について、村人たちの前で語った。


 帝国人の屋敷で起こった真珠紛失事件の解決するリーアム。

 海賊船の摘発と少女を救出するリーアム。

 酒場の地下でのおぞましい犯罪を暴き、不幸な女性を救うリーアム。

 数々の活躍にもかかわらず、不当な処分を受けるリーアム。


 大人も子どもも、リーアムの武勇伝に目を輝かせて聞き入っていた。理不尽な扱いを受ける場面では、エリン通りの住人の以上に激しく抗議した。

 エイヴェリーはその勢いにタジタジになりながら、話し続けた。


「リーアム様は新しくできた交番でエリン通りを守る仕事をしています。彼が不当な扱いを受けているのは、本当に腹立たしいことですけど、以前より彼に気さくに話しかけることが出来るようになったので、みんな喜んでいますよ」


 リーアムが街を巡回すると、店や家から人々が顔を出して手を振る様子を、面白おかしく話して聞かせた。


「エリン通りの若い女の子は、みんなリーアム様に憧れてますよ!」 


 エイヴェリーは話しながら、よく分からないテンションになってきた。

 酒の勢いも手伝って、まあ彼女はいますけどね(にやり)……、などと匂わせでも噛まそうかとしたが、誰かの声に遮られた。


「いやあ、ハンナはつくづく惜しいことしたよなあ」


 実に軽いかんじで、周りの男たちは笑い、サイモンは「おい、よせ」と渋い顔をした。


「え? もしかしてリーアムに恋人がいたんですか」


 エイヴェリーは、その場の雰囲気に合わせて軽く訊ねたが、内心泣きたい気分だった。


「あ、いやいや、そんな話じゃないんですよ。村一番の別嬪でね。まあ、お似合いじゃないかって勝手に周りが言ってただけです。もう子どももいますし、変に揶揄われてもいけませんからねえ」


 ハンナは一年以上前に結婚して、今は一児の母となっているらしい。子どもの面倒を見るために、ここには来ていない。


 まわりが勝手に騒いでただけ?

 ほんとに?  


 エイヴェリーの思考は、そこで止まってしまったが、酒が入り陽気になった村人たちは構わず話し続ける。


「旦那あ、旦那は独り身なんですかね? どうです、うちの娘なんか」

「こら、いいかげんにしろ。あの、エイヴさん、頂いたお土産ですが、女衆(おんなしゅう)が開けたいと言ってますが、いいですかね」


 エイヴェリーはお土産として、大量に『虹色』のクッキーとマカロンラスクを持ってきた。

 ただのお土産ではない。小麦の必要性を説くためだ。

 だから小麦を使ってないドラジェとパート・ド・フリュイ、中のクリームが日持ちしないマカロンは持ってきていない。


「今、食べられますか? もう皆さん、だいぶ食べてますよね」

「菓子なら入ると、女たちは言っています」


 デザートは別腹はこの世界でも健在のようだ。


 女たちがお菓子の缶を開けると、主役はそちらに移った。


「わあ、こりゃ綺麗な色だねえ」

「模様が入ってるけど、ほんとに食べ物なのかい?」

「宝石みたいじゃないか、いや、宝石は見たことないけどさ」

「あたしは石っころより、こっちの方がいいね」


 女たちは誰がどれを食べるか、議論し始めた。お預けを食らった子どもたちが、しびれを切らし泣いている。


「こちらのカラフルクッキーは沢山ありますから、どうぞ子どもたちに上げて下さい」


 エイヴェリーが言うと、女たちは子ども一つずつ、カラフルクッキーを配り始めた。すぐに口に入れる子、じっと見つめる子、反応は様々だ。


「おいしい! もっと頂戴」

「さっきピンク食べたから、次は黄色がいいな」

「こら、これは王都でしか食べられない、貴重なお菓子なんだからね。ほんとは、あたしらの口に入るもんじゃないんだ」


 女たちの説教は『虹色』のコンセプトとはずれているが、確かに、この村の人にとっては雲の上にあるようなお菓子だ。


「おっ、ウメえな、こりゃ」


 女と子どもの間に、すっと入ってきた男がマカロンラスクを齧る。


「何してんだい?! もったいないじゃないか」

「うるせえっ、菓子は食べてなんぼのもんだろうがっ」

「高級な菓子なんだよ、お前に味がわかるもんかい」


 周囲に混乱が広がる。


 カラフルクッキー、マカロンラスク、アイシングクッキー……。

 大量に持って来たのだが、村全体をカバーする量があるわけではない。


「あの……。また今度、送りますから」


 混乱を収めようとエイヴは声を上げるが、大半が酒が入っている。


「海のもんが、菓子食ってんじゃねーぞ」

「そうだよ。そのお菓子は小麦を作る、あたしらに持って来てくださったんだよ」

「あ? いつも、お前らの麦の収穫手伝ってんのは誰だよ」

「お前じゃねえだろっ! この呑兵衛(のんべえ)(のんべえ)がっ」


 なんだか、すでに『虹色』向けの小麦を作るような話になってしまっている。こちらとしては有難い話ではあるが、少し落ち着いてほしい。


「すいません、エイヴさん。とんだ醜態で……」


 サイモンもすっかり動揺している。


「いえ、私も皆のお菓子を用意していませんでしたから……」


 村人たちは残ったマカロンラスクとアイシングクッキーを小さく割って、互いに分け合っている。


「サイモンさん、これしか残っとりませんが……」


 村民がオロオロと砕けたマカロンラスクを持ってくる。


「おおっ、甘い。それに上の方がツルッとしていますなあ。はあ、溶けるようだ。貴族になった気分です……。ああ、舌が楽しんでる……」


 欠片を口にしただけなのに、サイモンは饒舌だった。


「お菓子というのは面白いものですなあ。目で見て楽しくて、香りが良くて、舌ざわりが愉快で……。贅沢な気分になります」


 酔っているのだろうか、サイモンはなかなか面白いことを言う。


「それが『虹色』の目標とするところです。主人のアシュリンは、妖精のようにキラキラ輝くお菓子を、大人から子どもまで、身分を問わず楽しんでもらいたいと考えているんです」


 そのためには、材料を安定供給が必要なのだと、エイヴェリーは訴えた。

 サイモンは静かに頷き、そのまま考えこむように沈黙した。



 帝国人のいる王都と違い、村では夜通し騒ぐようなことはしない。

 あれだけはっちゃけていた村人は綺麗に解散し、エイヴェリーも客室のベッドの中にいる。


 一人になると、どうしても「ハンナ」のことを考えてしまう。

 リーアムには、これまでの人生の中で恋人が……、愛した人がいなかったのだろうか。

 恋人がいたとしてもおかしくないだろう。


(でも過去のことだ。そんなことを詮索する必要はないんだ……)


 エイヴェリーは暗闇の中で、自身の胸のうちからこみ上げてくる感情を理性で押さえ込もうとした。


(いやだ)


 雲間から月が現れたのだろう、部屋がすーっと明るくなる。

 その光を浴びたエイヴェリーは、自身の感情を抑えきれなくなった。


(いやだ。昔のことでもリーアムに好きな人がいたなんて……、絶対に嫌だ)

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