60 歓迎パーティー
レルタ村は約三百世帯、人口千人強ほどの村だ。個数に対して面積は広い。どの家も畑と家畜を有し、富農とまでは言えないが、家族が食べていくには十分な収入がある。
ゆえに新たに耕作地を増やし、王都に小麦を卸すことに積極的とはいえない。
エイヴェリーはリーアムの父とは小麦の話はせず、とりあえずこの美しい村を堪能することにした。
比較的大きな民家から、腰の曲がった老女が出てきた。こちらに気づくと、ゆるゆると頭を下げる。エイヴェリーも頭を下げて挨拶をした。
「あの婆さんは、息子が王都に出ちまったんで、今は一人きりです」
「あの大きな家に一人ですか? 畑もあるし家畜もいますよね」
「頑丈な婆さんで、まあ、大抵のことは一人でしますよ。だけど村のもんや海のもんが家畜の世話をしとります」
「海のもん?」
エイヴェリーが尋ねると、老人は節くれだった指で朽ちた砦の向こうの海を指した。
「あっちに漁師の村があります。漁のない時はこっちで仕事をしてますよ」
農村と漁村は一体となって、畑や家畜を維持しているらしい。
(新しく土地を開墾して小麦を作るには人が足りないかもしれないな)
「ところであの石造りの壁のような物はなんですか? ずいぶん古いようですが……」
「あれは、島のもんが武器を持ってきますけ、村を守るために出来たらしいです」
妖精結界が出来る前は、この辺りは群島からの略奪者たちに苦しめられていた。その時の戦いの名残りであるらしい。
「じゃあ、二百年も前じゃないですか」
なるほど、朽ちるはずだ。
かつては余りにも侵略が激しく海辺に住むことは出来なかったらしいが、今は漁村が出来て海老や貝がよく獲れるようになった。
「でも海も村も人が減っとります。若いもんは、まあ、王都に行きますわなあ」
「こんな美しい村を離れて王都ですか」
王都キーアンも美しい。しかし海に森に草原、そして白や黄色の妖精に恵まれた、この美しく贅沢な場所から離れたくなるものだろうか?
「外から来た人には物珍しいかもしれませんがね、生まれた時からおるもんには退屈な村ですよ」
「ずっと王都で暮らしたきた身としては見るもの全てが新鮮で素晴らしく思えるのですが……。豊かな村ですよね?」
「食うには困りません。でもそれだけじゃ、満足出来んちゅうもんの気持ちも分かります」
老人はそこで押し黙る。あまり話が得意な方ではないのだろう、次の出すべき言葉をゆっくりと頭の中で練っているようだ。
ふいに海から強い風がきて、草がザザーっと音をたてて揺れる。耕作放棄地に生えた雑草である。荒れた光景であるはずなのに、奇妙な調和と美しさをエイヴェリーは感じた。
しかしそれは、よそ者の感傷に過ぎない。
「わしはね、パーソロン様の小麦の話、ええことに思います。儲かればまた人も増えるでしょう。そうしないと、ほれ――」
老人は再び朽ちた石の壁を指した。
「あんな風に、村も崩れて無くなってしまうかもしれんと思っとります」
息子に家督を譲っても、この老人は村の管理人として未来を見据えながら、物事を見ているようだ。
「湿っぽい話をしてすいません。ああ、ほれ、あそこの森でウサギや鹿、それから木イチゴやキノコが獲れます。リーアムがよく、鹿を、上手くすると狼もとってきてね。あれは猟も上手いんですわ」
「へえ、それは知りませんでした。向こうに帰ったらリーアム様に聞いてみます」
リーアムの話を聞くだけで、エイヴェリーの気分は高揚した。
それにしても、魚貝類に獣肉にキノコに木の実、小麦、牛乳……都会的な刺激はないが、かなり恵まれた土地だろう。
エイヴェリーには、この一帯が金脈のように思えたが、さりとてこの土地の魅力を世に知らしめる方法までは、思い付かなかった。
(帰ったら、アシュリンに相談してみよう)
屋敷に帰ったエイヴェリーは、庭のあちこちに用意された椅子とテーブルに驚いた。すでに野菜や肉が机の上にこんもりと用意されていた。男や女が、そして子どもが、せっせと皿を並べ、椅子を運んでいる。
「さあさあ、エイヴさん。こっちに座ってくださいな」
大鍋を持ったサイモンの妻のメイベルが、都会の社交的な微笑みとは違う、底抜けに明るい笑顔で、エイヴェリーを席に案内してくれた。
「森のキノコで作ったんですよ」
メイベルが、エイヴェリーの目の前で鍋の蓋を開けると、湯気と共に濃厚な香りが漂う。
「キノコのシチューですね」
木の器にこんもりとシチューが盛られ、周りにはパンと、魚のフライ、蒸かしたジャガイモ、それから焼いた肉が置かれた。
『エイヴェリー、たべていい?』
『たべるーたべるー』
『ギギギ』
(だめだ、我慢しなさい)
『けちんぼ、いじわる』
『よくばり、ひとりじめ』
エイヴェリーは、妖精たちを無視した。
それから誰だか分からない男に、自家製らしいビールを振る舞われた。飲むとほのかな甘みと苦みがある。
「へえ、これは王都のものより飲みやすいですね」
「そうでしょう。アルコールも多くないんで、子どもも飲みやすいんでさぁ」
すでに赤ら顔になった男は、ガハガハと笑いだした。
「おい、お前は飲み過ぎだ。ちょっとあっちに行ってろ」
サイモンがやってきて、慌てて男を引き剥がした。
「エイヴさん、すみません。今のは、海のもんです。漁師連中は悪いやつはおらんのですが、気性が荒いもんで……」
「構いませんよ。こんな賑やかな食事は私も初めてなんで、楽しんでます」
エイヴェリーはサイモンと話しながら、シチューを食べた。美味しい――と、言いたいところだが、なぜか口に合わない。ハーブが強すぎるのだろうか。
(肉は焼きすぎ、フライは揚げすぎ、シチューはクセが強くて味がしない。薄味すぎるのかな……)
全てが新鮮な素材である。エイヴェリーの舌に問題があるのだろうか?
(塩味はあるよね。胡椒があれば……、そうだ香辛料だ)
おそらく臭みを消すために、焼きすぎ揚げすぎになっているのだ。香辛料やアルコールで臭みを飛ばし、辛み足せば、かなり洗練された料理になるかもしれない。
(これもアシュリンに要相談だな)
「本当だったら鹿肉をご馳走したかったんでしすが、上手くいきませんで……」
言わなければ分からないのに、サイモンは律儀に話し、頭を下げた。
「猟が一番上手いのも、リーアムでした。あいつは、猟銃の扱いも、罠猟も、ほんとに上手くてね」
「リーアム」と言う単語にエイヴェリーは興奮した。
「へえ、初めて聞きました。リーアム様は他にどんなことが得意だったんですか?」
さりげない風を装いながら、エイヴェリーは尋ねた。
が、突然、誰かに激しく肩を叩かれる。
「リーアムっ、リーアムっ! 我らがリーアムっ!」
さっきの酔っ払いが、再び戻ってきたのだ。
「パーソロンの旦那はお目が高い! だけどねえ、だけどねえ、俺はリーアムがひとかどの男だって、ちゃあんと分かってたよ。だから兵隊長を任せたんだ。面倒くさいから押し付けたわけじゃあないのよ、ねえ――」
男のうざ絡みを、今度は誰も止めてくれなかった。
「旦那、あんたリーアムの友だちなんでしょう? あいつが王都で何やってるか、教えてくださいよ」
「そうだっ、リーアムの話を聞かせてくれよ」
リーアムの話を聞きたい側だったのだが、こうなっては仕方がない。エイヴェリーは、村の皆にリーアムの武勇伝を語ることになった。




