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58 安定供給とエイヴェリーの決意

 『虹色』では製菓用チョコレートとココアパウダーを帝国から取り寄せている。ラナンシが輸入するチョコレートはまだ多くなくて、大半は王都のチョコレート屋や、ホテル、そして王宮に卸される。

 帝国からの定期便で今後チョコレートの取り引きが出来ないことを知らされたロベルタはすぐに原因を調べた。


「正式な発表はないけどね、カカオ農園で大規模な反乱が起こったみたい」


 ロベルタの情報網によると、カカオは帝国のとある属国で生産されている。この国の農園の従業員たちが一斉蜂起し、自分たちが作ったカカオ農園を燃やしているようだ。


「自分たちの農園を自分で……?」


 伝聞だけでも、その凄まじさが伝わってくる。


「帝都じゃ、チョコレート商品がどんどん増えて値段も安くなってきてたの。だからラナンシも比較的安く手に入れてたのよね。なんでカカオがこんなに安かったのか、キチンと考えてなかったわ……」


 アシュリンの表情は沈んでいた。

 自分たちで丹精込めて作った農園を焼き払う――。よほど追い詰められなければ、これほどの暴挙には出ないだろう。

 遠い国の誰かの人生を踏みにじりながら、安くて美味しいチョコレートを手に入れていたのだ。


「帝国は鎮圧軍を派遣するみたいだから、単なるカカオ農園の反乱じゃないのかも知れないわ。独立運動に発展するかも」

「それって、大変なことじゃないのかい?」


 エイヴェリーは焦るが、アシュリンは動じなかった。


「ああ、帝国はね。いつものことよ。内乱の鎮圧と侵略を同時にやるの」

「国民は不安にならないのかなあ」

「それが当たり前の国だから。それにね、帝都にいる限り、あまり関係ないの。どうせ戦ってるのは僻地から集められた人間だもの」


 帝都民でいるかぎり安心なのだと、アシュリンは言った。



 この話にいつまでも時間を割く訳にはいかない。

 エイヴェリーとアシュリンは今後の商品について話し合った。


 厨房に残っている僅かなココアと製菓用チョコレートをキャラクタークッキーに使い、マカロンからココア味を抜く。ドラジェのチョココーティングの計画も中止となった。


「ねえ、小麦や砂糖は大丈夫かな」

「そうね……。あっちこっちで火の手が上がると流通も滞るし、戦争準備で食料を集め出したら輸入用の小麦はなくなるかも。今は大丈夫でも、先の保障はないわね」

「国内で賄えないかな」

「そこよね」

「砂糖は難しいけど、小麦はなんとかしたいところだね……」


 お菓子の材料をラナンシ国内で調達する方法を、アシュリンとエイヴェリーはこれでも模索してきた。

 妖精が溢れるラナンシは、自然の恩恵を受けている。農業、畜産、漁業、どれも食べるのに困らないだけの収穫がある。

 よい小麦粉もあるが、品質がまばらで生産量が少ない。製菓用小麦を常時供給できる体制は整っていない。


「ラナンシの人は欲がないのよね。自分たちが食べるだけあればいいって考えなんだわ」


 アシュリンが深い溜息をついた。


 王都を中心に小麦の消費量は増えている。しかし、地方には王都の人間の腹と味覚を満たすだけの小麦はない。仮に良質の小麦が大量生産できたとしても、街道が整備されていないし、大型の荷馬車がないのだ。


「街道の整備は予算がないってネヴェズが反対してるし、地方は昔ながらの首長の力が強くて大規模農園の経営は難しいって、父上が言っていたよ」

「ねえ、パーソロンだって土地を持ってるんだから、なんとかならないの」

「ならないよ。三家の力が及ぶのは王都くらいさ」


 土地の管理人は地元で代々首長を務める家だ。土地によっては合議制で定期的に首長が変わる場合もある。


「パーソロン家の土地は合議制だね。定期的に管理人が変わるんだ。ああ、でもリーアムの村は確か代々パーソロンの血筋が治めてるみたいだけど……」

「小さい島に少ない人口のくせに、効率の悪いことしてるわよね、この国。妖精結界がなかったら、とっくの昔に帝国領だわ」

「うん……、まあ、そうだね」


 それから、砂糖の話になった。砂糖は群島の一部に大きなサトウキビ畑と砂糖工場がある。そこから帝国産として輸入している。


「実はね、ここだけの話なんだけど、島の人から砂糖を直接仕入れてくれないかって、ロベルタに話が来たらしいの」

「帝国を通さずにかい? それは、まずいよね」

「ええ、危ない橋を渡りたくないわ。お父様は断ったんだけどね」


 アシュリンの父は、他の誰にもこのような話を持ちかけないようにと、釘を刺し、帝国には報告しなかった。


「でもね、群島の人たちは、帝国の目を掻い潜って島同士でやりとりを頻繁にしてるんじゃないかって、お父様は言うの」

「え、だって帝国が……。もしかして取り締まりが緩くなってる?」


 アシュリンは頷く。


「海賊騒ぎもあったでしょ? 帝国が群島を抑えきれなくなってるみたいなのよ」


 だからの島民たちは気が大きくなり、ラナンシにまで直接の取り引きを持ちかけたのだ。おそらく、前領事も一枚噛んでいるのだろう。


「前領事がいなくなったから、海賊も密貿易もなくなるかな?」

「どうかしらね……。でもこれからの帝国の動き次第じゃ、商品を大きく変更しなくちゃいけなくなるでしょうね。だからそろそろ『虹色ターキッシュデライト』に挑戦しようかと思うの」


 ターキッシュデライトは本来はトルコのお菓子ロクムである。ゲームではスクエア型の七色のお菓子がガラスの皿に美しく盛られていたのを思い出す。


 帝国にはターキッシュデライトもロクムもなかったが、近くの国に似たようなお菓子があった。

 アシュリンは、それを改良して、前世で調べたターキッシュデライトに近づけた。


「で、ターキッシュデライトだけど、ラナンシの材料だけで作ってみたいの」


 ターキッシュデライトは砂糖、コーンスターチ、ナッツ類にフレーバーを付けて固めたものだ。エイヴェリーはすでにアシュリンが作った試作品を食べている。懐かしいもちもちした食感のお菓子だった。


 コーンスターチは名前の通りトウモロコシから出来る。すでに国内で生産されていて、お菓子より料理によく使われている。


「でも砂糖は?」

「蜂蜜を試してみるわ」 


 純国産ターキッシュデライトである。輸入品のように帝国の事情に左右されない商品だ。


「最悪、砂糖も小麦も手に入らなくなってら、虹色ターキッシュデライトで乗り切るつもりよ」

「アシュリン……」

「ああ、ラナンシが併合されそうにならサクッと帝都民になるけどね」


 さすがは商人、したたかである。

 エイヴェリーは、アシュリンの足掻きと変わり身の早さのどちらにも感心していた。


「ターキッシュデライトがあっても、やっぱりクッキーやマカロンがないのは寂しいよね。私は小麦を国産に切り替えるために、農家と交渉をしてくるよ」


 エイヴェリーは以前から目を付けていた小麦農家と交渉することにした。


「あんたに出来るの?」

「うーん、分からないけど。リーアムの実家だからね、なんとかまとまるといいけど」


 気楽そうに言ったが、エイヴェリーはある決意をしていた。


(そろそろ、潮時だ。私は死ななきゃいけない)

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