57 小国の未来
次回更新は10月2日の予定です。
とある休日。
『虹色』の厨房で、エイヴェリーとアシュリンは、冬の新作『キャラクタークッキー』の作成に勤しんでいた。
カラフルクッキーに使っている生地を使って、様ざなキャラクターや模様を作る。
年の暮れから新年にかけて、キーアン王と妖精ニーヴと出会いと婚姻を祝う長い祭りがある。
恋人たちの祭りとも言われ、カップルを象徴するアイテムが市場のあちこちに出回るのだ。
もみの木、柊、赤い靴下とプレゼントボックス(妖精がプレゼントを入れてくれる)……そう、クリ●マスである。
ゲーム的にも重要なイベントで、ここでデートイベントを成功させることが、攻略への第一関門だ。
もっともゆるいゲームなので、イベントを発生させなくても、残りのイベントで攻略可能だ。
エイヴェリーとアシュリンが恐れているのは、ポポロンとネイルがデートイベントを成功させてしまうことである。
年末、お菓子屋を閉めたポポロンの元にネイル王子がやって来る。ネイルは珊瑚と天然石のネックレス、ポポロンはキャラクタークッキーのセットをプレゼントする。初雪が降るとイベントは成功。以降は何もしなくてもネイル告白イベントが起こる。
これが怖くてアシュリンは、キャラクタークッキーを販売するのを、止めようと思ったくらいだ。
「あいつさ、何もしなくても、勝手に告白してくるじゃない? ゲーム中、最悪のキャラよね」
攻略に興味がなく、ひたすらポポロンになってお菓子作りがしたかった前世のアシュリンにとっては、ネイルは単なる邪魔なキャラでしかなかったようだ。
ネイルはポポロンがお菓子屋を開くと現れるキャラのはずだったが、今では総菜屋の常連である。総菜屋で『彩りピンチョス』を作ると現れるはずのディアミドは、結局顔を出さなかった。
「結局、なるようにしかならないのかもね」
アシュリンによると、この前行った夜会でもネイルは、ポポロンのことを知りたがっていたらしい。
「ねえ、夜会ってどんな感じ?」
「うーん、帝都の夜会と違って素朴というか……あ、でもしっかり嫌な感じはしたわね」
「嫌な感じ?」
「ああいう所って、露骨に勢いのあるなしが分かるのよ。パーソロン公の周りには人が少ないし、ネヴェズ公は、女王と王子をしっかり囲い込んでるわ」
夜会の主役はネヴェズ公だったらしい。
「びっくりよ。まるで自分が国王みたいに振る舞ってたわ。女王の存在感のなさも気になるわね」
アシュリンの話は、エイヴェリーが街で感じるものとは、まるで違っていた。
市井では女王は慕われているし、パーソロン家、特にリーアムは人気者だ。逆にネヴェズ公は人気がなく、ディアミドに至ってはその姿を知る人さえいない。
「市井の人気なんて意味ないのよ。貴族の間でどれだけ支持を集めてるかが重要よ。あとは帝国との太いパイプね」
ラナン、パーソロンはその点でまったく存在感がないのだと言う。
「帝国の大使も、女王じゃなくてネヴェズ公ばかり話しかけてるの。あの大使、あからさまにラナンシを下に見ててムカつくのよ」
アシュリンによると、ネヴェズ公は『帝国勲章』にいたく興味を示していたと言う。『帝国勲章』は帝国領とその支配地域に人間に送られるものだ。独立国の人間に帝国が勝手に与えていいものではない。
「ディアミドが、キッパリ断ったけどね。ネヴェズ公は本気で欲しそうだったわ。あの公爵様、ラナンシを守る気があるとは思えないよ」
女王が死に、妖精結界が保てなくなる前に、ラナンシは帝国の支配下に置かれるかもしれない、とアシュリン――ロベルタ商会は考えているらしい。
「そんなの……ゲームより最悪じゃないか」
エイヴェリーは思わず嘆く。
ゲームではポポロンが次の王妃にならなず、新たな妖精の見える少女が現れない場合、女王の死とともに妖精結界はなくなる。
そうなれば独立は保てないだろうと、ユーザーは予想していた。
しかし、現実には結界の有無にかかわらずラナンシが独立して生きるのは厳しいようだ。
「あら、最悪ってこともないかもよ。関税もなくなるかもしれないし、技術の導入だってスムーズよ、それに特権階級も当面、そのまま残すから、三家だって安泰ね」
「ならいいこと尽くめってわけ?」
「税金は馬鹿みたいに高くなるでしょうね。あとは徴兵。帝国は必ずどっかでドンパチやってるから、海の民が徴兵されて砂漠で戦死なんてよくあるわ」
ちなみに帝都に居住権を持っていれば、徴兵を逃れることも可能らしい。
「移動の自由もないわ。ある日、土地や財産をぱっと奪われるの。区画整理でラナンシ人は狭いところに押し込められて、一等地には帝国建築がバンバン建って、帝都の金持ちの別荘になるでしょうね」
「詳しいね……」
「いろいろ聞くのよ。土地によっては荒れてたり、異民族の襲撃に怯えてたりするから、喜んで帝国領になったりするけど」
得られるのは安全と高度な文化。
失うのは、自由と独自文化、財産、歴史、そして命……。
「やっぱり最悪じゃないか」
「あら、焼け野原より、いいんじゃない」
戦中派アシュリンのシビアな意見に、エイヴェリーは何も反論できない。
「いずれにしても、帝国はラナンシに干渉し続けるわ。だから、少しでもラナンシに有利になるように、タフな交渉が出来る人間が必要なんだけど……」
アシュリンによると宮廷を支配するネヴェズ公は、自身の僅かな利権のためにラナンシの全てを、売り払うだろうと言う。
「そんなことディアミドが許さないよね?」
「彼が家督を継ぐまで、ラナンシが独立国のままでいられると思ってるの?」
「………………」
「ねえ、やっぱりポポロンは妖精の国に帰った方がいいかもしれない。あんたもよ」
「私? 私は――」
「仮にあんたやポポロンが妖精結界を維持したって、ネヴェズ公みたいな売国奴が牛耳る国なんて、どうこうできるもんじゃないわよ。私も、いざとなったら帝都にいる姉を頼るつもりよ」
アシュリンの宣言にエイヴェリーは衝撃を受けた。
「そんな?! じゃあ『虹色』は、どうするんだい」
「諦めるわ。ラナンシ人として、三等国民扱いされたらお終いなのよ」
焼け野原よりマシと言いながら、アシュリンは既に逃げる算段をしていた。
「君はキラキラのお菓子でみんなを幸せにするんじゃなかったのかい? アイは、君のことを愛している妖精たちはどうなるんだ?」
「仕方ないでしょ。帝国に組み込まれたり、属国になったら、本当に悲惨なのよ」
「妖精のお菓子はここでしか、作れないんだよ?」
『ギギギギ……』
『アシュリン』
二人の剣幕に怯えていた妖精たちが、アシュリンの周りに集まる。
「そんなこと、言ったって……」
アシュリンが小さく溜息をついたところで呼び鈴がなった。
「誰かしらね、見てくる」
アシュリンが逃げるように厨房を飛び出したあと、エイヴェリーは一人、さっきのやりとりを思い出していた。
自分はラナンシで生まれたラナンシ人だ。何があってもこの場に留まり、両親と共に生きる。その決意は固い。
だけど、ポポロンはどうだろう? やはり、彼女に事情を話し、妖精の国に帰って貰った方がいいかもしれない。
厨房に戻ってきたアシュリンの顔色が悪い。
「困ったわ……ココアもチョコレートがダメになったの」
「ダメって?」
ラナンシにはカカオを加工する工場はない。チョコレート類は全て帝国から輸入している。
「分からない……もう、来ないって一方的に帝国から通達があったって」
「そんな……、それって――」
一方的な禁輸措置。
帝国が本気でラナンシを潰しにかかってきたのか。
エイヴェリーは、震えた。
大国の思惑の前に、精霊の力はあまりにも無力だった。




