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55 夜会

 王宮で定期的に開かれる、華やかな夜会。広間の花瓶にはダリアの大輪が咲き誇り、夜会服に身を固めた男女が笑いさざめいている。


 その日の主役はネヴェズ公爵だった。保安隊が再編制され、交番制度を導入した結果、いくつかの地区で犯罪が大きく減った。

 夜会に集まった人々は長官であるネヴェズ公爵と嫡男で第一隊長であるディアミドを称えた。


 ネヴェズ公爵とディアミドは似ていなかった。母親似の艶めいた華やかさのあるディアミドと、幾重にも深い皺を刻んだ禿頭の老人。

 女王と王子がいるのに場を支配しているのはこの父子であった。


 帝国の大使ですらネヴェズ公にはへりくだったような口調で話すのだ。ただし、それは慇懃無礼の類いである。


「いや、あの奸賊(かんぞく)めを追い詰めて下さったことは、感謝しておりますぞ。ネヴェズ公とディアミド様の手腕には、皇帝陛下もいたく興味をお示しでして――」


 奸賊とは前領事らのことだ。

 ラナンシは領事らの引き渡しを要求していたが、帝国は国を裏切り海賊と手を結んだ罪で、速やかに元領事らを処刑した。ラナンシとしても予想通りの結果であった。


「この度のネヴェズ公とご子息(しそく)のご活躍は、『帝国勲章』に値するものでありますぞ」


 大使のこのセリフに周囲は固まった。『帝国勲章』とは、帝国人と属国の民に与えられるものである。

 つまり大使はラナンシを独立国として認識していないのだ。もちろん、意図的に言ったのだ。


「お褒めにあずかり恐縮ですが、残念ながら我らはラナンシ人、その栄誉に欲することは出来ませんね」


 ディアミドはニッコリと微笑んだ。

 そして友人らに挨拶をしてきます。と言って、その場から離れた。無礼を承知の行動である。

 背中に父親の視線を感じながら、ディアミドは、パーソロン家のリーアムに声をかけた。


「やあリーアム、どうだい調子は」


 思わず短刀術メンバーに対する気安さで話しかけてしまったディアミドは、このような場所では嫌味にしかならないセリフを吐いたことを後悔した。


「ああ、課題は山積みだが、やりがいがあるよ」


 裏表のないリーアムは生真面目に答える。

 ディアミドはリーアムの後ろのパーソロン公とその夫人に挨拶をする。

 四十代の若く美しい、公爵夫妻。二人を見るとディアミドの胸はちりちりと痛む。


「リーアム、私たちは向こうへ行く。君は好きにしなさい」

「有り難うございます、父上」


 短いが、情愛の込もったやりとり。

 眩しいものを見るように、ディアミドは目を細めた。気のせいかもしれないが、この義理の親子の周りは不思議な輝きに満ちていた。


 リーアムは父母を見送ると再びディアミドに向き合った。


「こんな風に君と話すのは久しぶりだな。最近はどんな具合だい」

「最悪だよ。執務室でひたすら書類を片付けてるんだ。まあ、君らの成果をネヴェズに書き換えるだけの簡単な仕事だから、楽にはなったね。誇りと良心さえなければいい仕事さ」


 ディアミドは朗らかに答えた。何人かの耳に届いただろう。だからどうなるわけでもない。ささやかな嫌がらせだ。


 パーソロン夫妻はフットワークも軽く、あちこちに挨拶しと回っている。彼らの周りには以前より人が減っている。リーアム降格がパーソロンの影響力をさらに落としたのだ。


 リーアムの周りにも、少し前なら若い娘を引き連れた婦人の姿があったものだが、今は誰も近寄ることもない。未来の公爵とはいえ、今は平保安隊員に降格された男でしかない。


「あら、リーアム様」


 若い女の華やいだ声が聞こえる。

 鮮やかな赤毛の娘が一人で颯爽と歩きディアミドらに近づいてくる

 ロベルタ商会の令嬢ではなく、『虹色』の女主人として振る舞うアシュリンだ。

 肩を大胆に出す帝国最先端のドレスを、堂々と着こなしている彼女は、本来、このような場で主役となるべき人物だろう。


 アシュリンはリーアムと軽く言葉を交わし、それからディアミドに向き直り挨拶をする。

 たったそれだけのことだったが、周囲は小さくどよめいた。彼女はディアミドよりリーアムを、ネヴェズよりパーソロンを優先したのだ。


「女王陛下にご挨拶申し上げたいのだけど、中々順番が来ませんの」


 そう言ってアシュリンは、女王とネイル王子、帝国大使、ネヴェズ公とその取り巻きの集団の方に視線を向ける。

 ネヴェズ公の取り巻きにぐるりと囲まれている女王と王子は、さながらかごの鳥であった。


「ああ、入りにくいよね」


 ディアミドは苦笑しながら一団に近付く。


「失礼致します、陛下。私とリーアムの友人であるロベルタ商会の――いえ、『虹色』のアシュリン嬢の挨拶を許可していただけますか?」


 プラチナブロンドの女王は、優しげな顔で「許可する」と言った。

 退屈な空間に放り込まれて表情を失っていたネイル王子も目を輝かせている。


「お久しぶりね、アシュリン。夜会で会うのは初めてかしら? ああ、今日のドレスのなんと美しいこと」


 プラチナブロンドの女王は、穏やかな微笑みを浮かべながら、アシュリンに声をかける。


「お褒めに預かり光栄にございます――」

「アシュリン」


 女王とアシュリンの会話にネイル王子が加わった。


「皆は息災か? その、エリン通りの者どもだが……」


 妙に歯切れの悪いネイル王子に、アシュリンはニコリと微笑む。


「皆、元気にやっておりますよ。『虹色』も、()()()も新作の準備をしていますわ」

「うむ、新作が出来たら持ってこい」

「しかし殿下、次の作品ですが、少々子ども向けでして……、ああ直接来て頂ければ、()喜びますわ」

「これっ、殿下に「直接、来い」とは何事かっ」


 途中で入ったネヴェズ公爵を無視する形で会話は続く。


「そうか、では近いうちに行こう。あの界隈は自由市の成功で、ますます活気づいているらしいな」

「ええ。賑わいは日に日に増しております。人が増えると、悪いことも増えるのが常ですが、幸い、()()()()()方のお力で、皆が安心して過ごしておりますの」


 うむ、とネイル王子は頷き、リーアムを見た。


「リーアム、これからも街の治安維持に努めよ」

「保安隊としてこれまで以上に精進致します」


 ディアミドは、父親の方をチラリと見た。この皺だらけの禿頭の怪人は、宮廷人らしく表情を隠している。しかし、息子であるディアミドには、彼の心が怒りで猛り狂っているのが、よく分かった。

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