53 お巡りさんになったリーアム
パーソロンが、リーアムの処遇に抗議しながらも、引き下がったのには理由があった。
リーアムはとある計画を立案していた。
保安隊の分隊を王都の各所に起き、さらに小さな派出所を作り、数人の隊員を常駐させる。隊員は地域を見廻り交流し、犯罪者の摘発だけでなく、犯罪抑止に努める。
つまり交番制度である。
発案はエイヴェリーとアシュリンだったが、細かい所はリーアム、ディアミドら短刀術メンバーが作ったのだ。計画は了承され、実行に移すタイミングで例の事件が起こった。
保安隊長官であるネヴェズ公が、自身の権限で、この計画を握り潰すことが出来ると、暗に匂わせたため、パーソロンは退くしかなかった。
こうして交番制度は、ディアミド発案として施行されることになり、保安隊も再編成された。
貴族の子弟で構成される第一隊は、主に本部と王宮に近い区画を担当する。隊長はディアミドのままである。
第二隊長はネヴェズ系の壮年男性が隊長になった。この隊は帝国人の居住者が多い港の辺りを担当する。
そして第三、四隊は王都の残りの区画だ。
隊長にも、班長にも、およそ長のつく場所にリーアムの名は無かった。彼は第三部隊の平隊員として、エリン通りの派出所に勤務することになった。
つまり、お巡りさんである。
当然、庶民、特にエリン通りの人々は烈火のごとく怒った。
が、その怒りの炎はアッという間に鎮火したのだ。
「いらしたわっ! リーアム様よ!」
まだ開店していない『虹色』の店舗に、近所の住人が飛びこんできた。
エイヴェリーとアシュリンは仕方なしに、外に出る。
「きゃーーーっ! リーアム様ーっ」
「リーアム様、これを受けとって下さい!」
アイドルがやって来たわけではない。
お巡りさんの定期巡回である。
リーアムが通りを歩くと、通りの人々がサッと外に集まり、馬上のリーアムを出迎える。これが、この界隈の日課になっていた。
「はあーっ、リーアム様を降格させるなんて許せないけど、こうやって毎日お顔が見られるなんて、幸せだわあ」
隣の女性がウットリと呟く。
「ねえ、これって地域に愛されるお巡りさんって言って、いいのかしら……」
「ちょっと愛されるの意味が違うかも……」
アシュリンとエイヴェリーは、女性陣の重たすぎる愛を一身に受けながら巡回するリーアムを、見守っていた。
周囲が熱狂的になるほど、エイヴェリーの中で冷え冷えとした感情が広がっていく。
今のリーアムは、装飾のないアッシュブルーの軍服を着ている。つまり、平隊員の服だ。
(だいたいリーアムなんてさ、人気投票も真ん中だし、今も地味だし、そんなにきゃーきゃー騒ぐこともなくない?)
エイヴェリーは心の中でブツクサ言っている。隣のアシュリンはもっと容赦なかった。
「ほんとリーアム……様って、地味キャラよねえ。いい人かもしれないけど、それだけだし」
「はあぁぁ? 地味とか、違うよ?! 渋い、堅実、秘めた魅力とか、そんな感じだしっ」
「………………あんたが、そう思うんなら、それでいいをじゃないの」
若干、引き気味のアシュリンを前に、エイヴェリーはなおも口を開こうとしたが、周囲の黄色い悲鳴にかき消された。
ご婦人方を波をかいくぐって、初老の男がリーアムに近づく。少し離れた場所にいるエイヴェリーの耳には、その声が届かない。しかしリーアムのそばの妖精たちが教えてくれる。
「あのう……、リーアム様。うちの婆さんが頭巾をなくしちまったって、騒いでまして……。朝市から帰ってきたら、頭がなんかスースーすると思ったら――」
「おいおい、そんなことで保安隊を呼び止めるなよ」
近くの別の男が、咎めるように言うが、リーアムはさっと馬から下りる。
「外でなくしたのですか? だったら、探しますよ。詳しいことを教えてください」
リーアムはそう言うと、付き添いの警邏に馬を預けると、男の家に行くために、裏路地に消えて行った。
「ああやってなんでもないようなことでも、丁寧に調べて下さるんだよ」
姿が見えなくなっても、人々の話題の中心はリーアムだ。
「うちの子どもの名前まで、覚えててさあ。まだ文字が書けないっていったら、無料で行ける都市学校を教えて下さったんだよ」
「ジョアンナの顔の傷にも気づいてさ、旦那を締め上げてくれたんだよ。男は、女房が殴られても、当たり前みたいに助けないもんかと思ってたよ」
「だけど、こんなことで世話になっていいんかねえ。だってパーソロン家のお人だよ?」
「あら、いいに決まってるじゃない」
アシュリンが口を挟む。
「大きな事件が起こった時には、リーアム様なら安心して協力出来るでしょ。この前の兵隊みたいなのが来るのは真っ平だわ」
「それに普段から保安隊と住民が仲がいい地域じゃ、悪いこともやり辛くなるからね」
お巡りさんの使命は地域の平和を守ること。そしてそのためには、普段から住民の顔や名前をチェックして、丁寧に交流して信頼関係を築かなくてはならない。
エイヴェリーやアシュリンから交番制度の話を聞いたリーアムは、驚くほど飲み込みが早かった。
そして交番勤務になった彼は、まるでベテランお巡りさんのように働き始めた。地域住民の顔を覚え、軽いフットワークで近所の集会に顔を出し、時にはチラシで、時には口頭で交番の仕事を説明した。地域の人が恐縮するような瑣事にも熱心に応じた。
最初は手探りの運用になるだろうと思っていた、エイヴェリーたちだったが、リーアムのお陰で少なくともエリン通りのこの区画は、スムーズに交番制度がスタートしたのだ。
「田舎にいた時と同じ仕事だからね」
おやつを持って、交番に来たエイヴェリーに、リーアムは笑って答えた。
リーアムは、故郷で警備兵をしていた。なんといきなり、分隊長を任せられたらしい。
「十八でいきなり、隊長だよ。農繁期には、部下が仕事に来なくなるから、どんなことも一人でやってた」
犯罪らしいことは起きなかったし、もちろん外国の侵略もない。小さな事故やもめ事、困り事相談が主な仕事だったらしい。
「参ったのは、赤ちゃんが生まれた時だね。同時に三人くらい産気づいて、産婆が足りなくてね。産婆や医者を馬に乗せて、あっちこっちの家を回ったんだ。旦那が腰抜かしてちゃったから、代わりにご婦人の手を握って励ましたよ」
二十一歳の青年としては、中々無い体験をしているリーアムであった。
交番は三交代制となっている。保安隊の他にも、結局解散しなかった警邏隊と連携して動くことになったので、警邏もよく顔を出す。エリン通りの交番はいつも賑やかだ。
「コイツのお陰で高級菓子が食べ放題。いやあ、ありがたいね」
そう言ってマカロンを食べているのは短刀術メンバーのリッキーだ。
リッキーは、リーアムの処分に抗議して、同じく短刀術メンバーのトマスと共に副隊長職を辞した。そして報復人事で平隊員となり、この交番に勤務している。
「お前は非番だろ? なぜ、ここにいるんだ?」
リーアムの冷ややかな視線を受けても、私服のリッキーはへらりと笑い、受け流す。
「あんま、堅いこと言うなよ。兵舎に帰ったって空しいだけじゃねえか」
そう言いながら、リッキーはカラフルクッキーの缶に手を付けようとする。
「リッキー、あんまり食べるなよ。住民用なんだからね」
エイヴェリーがリッキーをたしなめていると、「ただいま、帰りました」の声と共にアッシュブルーの軍服の壮年の男が入って来た。
「ジャックさん、どうでした?」
「特に異常はありません」
リーアムの質問に答えながら、ジャックと呼ばれた保安隊員はジロリとリッキーを睨む。
「じゃあ、そろそろ帰るわ。エイヴ、お前の店に案内しろ。今日こそ、『虹色』のアシュリンちゃんに紹介してくれよ」
「はあ? 違う、店と勘違いしてないか、君。ああ、ジャックさん、マカロン持ってきたんで食べて下さい。リーアム、またね」
エイヴェリーはジャックにお菓子を勧め、リーアムに挨拶をすると慌ただしく交番を後にした。
エイヴとリッキーは軽口を叩きながら、交番を後にする。
やがて交番が見えなくなると、リッキーはボソリと言った。
「あの、ジャックってやつな、ネヴェズ公の息がかかってる」




