52 不当処分とうわさ話
自由市は盛況のうちに幕を閉じた。エリン通りの商店主、流しの物売りや芸人からは次の開催を急く声が上がり、王宮に近い区画からも自由市を広げてほしいとの要望があった。
それから数日後、「帝国領事館」事件の論功行賞が発表された。
本来、めでたい空気になるはずの発表だったが、平民を中心に動揺が広がった。
リーアムの名前がどこにもないのだ。
それどころではない。リーアムは侍女略奪の責をとり、降格、減給、謹慎処分となっていたのだ。
「何よ、これ?! こんな馬鹿なことってある?」
平民、特にエリン通りの人たちは激怒した。
この発表があった日、通りの人たちは新聞を片手に、あちこちで怒りを滾らせていた。
「こんなの酷いじゃないか?!」
「貴族ってのは、これだからいけ好かないんだよ」
『虹色』の中でも、客たちが文句を言い合っていた。適当にあしらいながら外に出ると、隣の惣菜屋でも客たちが、あれはひどい、あんまりだとブツクサ言っている。
今日のエリン通りではこのリーアム処分の話題以外は上がらないだろう。
「ああ、エイヴさん、あんた何か知ってるんじゃないかい」
エイヴを目ざとく見つけた客(?)が、事情を聞こうとワラワラと押し寄せてくる。
「私も知りません。この前、リーアム様と会った時も何もおっしゃってませんでしたよ」
もちろんエイヴェリーは、父オーウェンから事前に知らされていた。オーウェンは当然パーソロン家として、この処遇に抗議したが、ネヴェズの勢力に支配された宮廷で、その声は無視されたのだ。
エイヴェリーは、エリン通りの人と同じく、その理不尽さを怒り嘆く以外出来ることはなかった。
『虹色』に戻ると、新しい新聞を持ってきた客がいて、そこには降格理由について詳しく書いてあった。
リーアムは勤務時間が終わり、パーソロン邸に戻っていた。その時間に侍女が攫われたのだ。侍女が攫われた時間に保安隊本部にいた者は全員、なんらかの処分を受けていた。しかし、その場に居なかった勤務時間外のリーアムが一番、重い処分を受けることになった。
記事はリーアム処分に批判的は論調だが、処分者側の言い分もしっかり載せている。
たとえ勤務時間外だとしても、隊長たるもの大きな事件が起こった際には、本部に待機すべきである、と言うのが、処分した側の言い分だ。
「大きな事件って言っても、その侍女が宝石泥棒だってことでしょ?」
アシュリンも怒りを抑えるように、疑問を口にする。
知られてはいないが、もう一つ、帝国の工作員疑惑もあった。しかし、あの時点で大きな事件と言えただろうか?
「リーアム様は朝から働き詰めで、パーション家の事件も担当したんだから、どこかで休憩が必要よね」
客の一人が持ってきた新しい新聞には、その辺りのことが書いてあった。
「休むなら兵舎で休めってさ。リーアム様がご自宅に帰られたのが問題らしい」
「言いがかりじゃないか! それに家に帰ったのだって、パーソロンの病気の坊ちゃんを見舞ったからなんだよ」
リーアムが侍女略奪の一報を受けたのは、パーソロン邸の離れであった。彼は時間を作っては、廃嫡された血の繋がらない兄弟の様子を見ているのだ。
美談である。
「しかし、凄い取材力だね……」
パーソロンの病気の坊ちゃんこと、エイヴェリーは、すっかり関心していた。
記事が伝えていることは概ね真実である。
「これって、みんなが情報を提供してるんでしょうね」
アシュリンが訳知り顔で言う。
保安隊関係者が記者に協力的なのだ。おそらく、それだけリーアムの処遇に不満を持つものが多いのだろう。
「まあ、パーソロン邸に戻ったのが問題だとしても、じゃあ、ディアミド様はどうなの?」
アシュリンが言うと、皆が頷く。
「ほら、ほら、新聞にだって書いてあるわ! 本部が手薄になったのは、ディアミド様が第一隊も第二隊も引き連れて行っちゃったからだって」
「いや、それだって仕方ないよ。帝国人の住宅で爆破騒ぎなんだから、最悪を想定して動いただけだよ」
エイヴェリーはとっさにディアミドを庇う。ディアミドを完全に信用しているわけではないが、彼の行動に落ち度があったとは思えない。
「エイヴ、私もディアミド様に落ち度があったなんて思わないわ。ディアミド様が、爆破騒ぎを陽動だって見抜けなかったように、リーアム様だって、宝石泥棒が大事件に発展するなんて予想が付かなかったでしょ? なのに、なんでリーアム様だけ処分されるのかってことよ」
まわりの人たちが、そうだそうだとまくし立てる。
「エイヴさんにゃ悪いけど、私はディアミド様なんて、見たことないんだよ。リーアム様は、しょっちゅう顔を見に来きて下さるけどさ」
「なんでも女王様に取り入ってばかりで、仕事もまともに出来ないって話しじゃないか」
「いや、いや、貴族としてはそれが普通じゃないのかなあ」
話の流れ的に、エイヴェリーは、どうしてもディアミドを庇う形になってしまう。
「エイヴさん、若い人は知らないだろうけどね、昔は貴族だからって偉ぶっちゃいなかったんだよ。島のもんは、みんな同じだからねぇ」
そう言ったのは、近所のご意見番の老女だ。
「三家だって、平民と仲良くしてたもんさ。それが帝国の横やりでさ。身分をキチンと定めないと、秩序が乱れる、野蛮人だって。それで慌てて、あれやこれや帝国式にしたんだよ」
エイヴェリーは初晴のいた国の歴史を思い出していた。文明国の仲間入りするために、西洋式を必死に取り入れたアジアの島国。そうしなければ相手にされないのだから必死だったのだろう。
「昔が良かったとは言わないよ。人が死ななくなったし、旨いもんも増えた。だけど、みんなで食べ物を分け合ってた昔が懐かしくなることもあるんだよ」
「ばあさん、そこまで昔になるのは勘弁だぜ」
誰かがそう言うと、皆がドッと笑った。
それから皆が好き勝手にしゃべり出した。中にはカラフルクッキーを買って、外で食べながら話す人もいた。
「息子は知らんけどよ、俺はやっぱりネヴェズ公だけは気にくわんね」
「あいつは、帝国かぶのれの悪党だ」
「リーアム様とパーソロンの手柄を全部持っていきやがる」
どうも庶民の間では、ネヴェズ家の人気がないようだ。
「ねえ、ネヴェズってあんまり評判良くないのかな?」
「あんた、もうちょっと世情に興味を持ちなさいよ。関係のない話じゃないんだからね」
この手の話にとことん疎いエイヴェリーが、ポツンと呟くと、アシュリンは呆れたように言う。
「でもさ、パーソロンの旦那はいい人だけど、お偉いさんに人気がないからねえ」
どうやらネヴェズは王宮で絶大な権力を握っているらしく、パーソロンは庶民には人気だが、政治的には負け組であるらしい。
「あれ? ラナンはどうなってるんだろ?」
「ほら、若い人は昔のことを知らないから困ったもんだ」
エイヴェリーの一言で、老人たちの昔話が始まる。
「女王様と実家のラナンは仲が悪いんだよ。昔は有名な話だったけどね、若い人は分からんのさ」
古老たちによると、女王が帝国貴族出身の夫を迎えたことで、実家のラナンから猛反発を食らったらしい。
孤立する女王を支えたのはネヴェズとパーソロンだった。
「ほら、女王様は子どもに恵まれなかったからね。ラナンは離縁して、新しい夫を迎えろって五月蝿くてさ」
子どもに恵まれない女王陛下と、帝国出身の王配殿下。二人を支えたネヴェズとパーソロン。
「だけど、いつの間にかパーソロンは追い出されちまって、今じゃネヴェズの天下さ」
「パーソロンの旦那は、権謀術数渦巻く宮中で勝ち抜くには、人が良すぎたのさ」
「あんた、意味分かって言ってんのかい」
エイヴェリーはみんなの話を黙って聞いていた。パーソロンが王宮で力を失ったのは、ネヴェズのせいではない。女王からエイヴェリーを守るためだ。
(女王は、自分を支えているネヴェズとパーソロンの幼子を殺したんだな)
そのことを考えると、エイヴェリーは怒りより悲しみが深くなる。それと同時にネヴェズ家がよく分からなくなるのだ。子どもを殺した犯人が女王だと言うことを、ネヴェズ家は、ディアミドは知らないのだろうか。
仕事が終わり、エイヴは離れの二階に戻る。
オーウェンとサーシャが来ていたので、三人で食事をとることにした。
今日の夕食は魚介のシチュー、ラナンシの伝統料理である。巨大な海老をナイフで切り分けながら食べるのが楽しい。
「なかなか、四人揃わないものねえ……」
サーシャがそう言って、ほうっと溜息をつく。謹慎処分のリーアムは兵舎から動けない。接見も禁止だ。あれだけ働いたのに、まるで罪人のような扱いを受けている。
「父上、私は悔しいです。リーアムも父上も、民のために頑張っているのに、その功績を全てネヴェズが掠めとっていく。エリン通りの皆も怒っています」
エイヴェリーは思い切って、話を切り出した。
「だけどね、エイヴェリー。王宮の評価は違うんだよ。パーソロンは民の人気取りばかりに精を出す愚か者なんだ」
例の自由市の成功も、王宮では王都の品位を落とすと散々な評価らしい。
「貴族たちはどこを向いているのですか? 帝国の機嫌ばかり伺ってどうするのです。老人たちが言っていました。昔は貴族も偉ぶることなく仲良くやってたって――」
エイヴェリーの言葉を、オーウェンは静かにきいていた。そして、ゆっくり語り始めた。
「美味しい酒や甘いお菓子、揺れない馬車に歩いても疲れない道。肌になじむ布。それからよく効く薬、それから――新しい芝居、珍奇な異国の物語――まだまだあるが、まあいいだろう。ああ、これもだ」
オーウェンは、ナイフとフォークを先を天井に向けると言う少し品のない仕草をした。昔は手づかみだったらしい。
「今さら、何もないけどみんなで食べ物を分け合っていた素朴な時代に戻れ、と言うのかい?」
オーウェンの問いかけに、エイヴェリーは答えることが出来ない。
「戻れないんだよ、エイヴェリー。美しい昔は、老人たちの心の中にしかないのだ」




